2010年12月31日金曜日

「Cell」の教訓


東芝がCellの生産から撤退

東芝とソニーは12月24日、ソニーが東芝から長崎の半導体工場を買い戻すと発表した。元々これはソニーの工場で、同社のPS3用のプロセッサ「Cell」を生産していたが、2008年に同社がこの工場を東芝に売却したものだ。

東芝は今回の売却でCellの生産から撤退するという。Cellは元々、ソニー、東芝、IBMの3社が共同開発したものだが、今後の生産はソニー、IBMの2社になるそうだ。

東芝の撤退は、Cellの需要先が当初の構想のようには拡大しなかったことが原因と思われる。そこで、Cellの当初の構想とその後の展開を振り返ってみよう。

Cell開発プロジェクトへの疑問

小生は、Cellの開発プロジェクトについて、オーム社の「OHM」2005年5月号の「『Cell』はどうなる?」で疑問を呈した。

Cellは2001年から2005年にかけて、ソニー、東芝、IBM、3社の共同開発チームによって開発された。前記の記事に記したように、その間、本開発プロジェクトの推進者であったソニーの久多良木副社長は、「Cellは、コンピュータの歴史における初めての変革だと思う。世界中のコンピュータにCellが組み込まれれば、1個のOSの下で連携動作しているように見える。CellをDVDレコーダ、テレビ、ホーム・サーバーなどに順次使っていく。Cellはコンピュータの概念を変える」という趣旨の発言を繰り返してきた。

前記の記事はこのような構想の実現に疑問を呈したのだが、その後Cellの採用はどう展開しているだろうか?

スーパーコンピュータ用としては?

前記の記事に、「性能の限界を追求するスーパーコンピュータには、それがCellになるかどうかは別にして、将来(Cellのような)ヘテロジニアスなマルチコアが有力な選択肢になると思われる」と記した。

実際、IBMは2008年に、Cellの強化版である「PowerXCell 8i」を使ったRoadrunnerというスーパーコンピュータを開発し、史上初めて1ペタFlops(毎秒1,000兆回の演算を実行)を達成した。これは2008年6月のTOP500(全世界で稼働中のスーパーコンピュータのランキング)で世界一になった。(1)

同じ「PowerXCell 8i」を使ったスーパーコンピュータは、2008~2009年に全世界で6台設置され、2010年11月のTOP500の7位、49位、120位、207位、208位、209位を占めている。7位はRoadrunnerで、現在でもこれがCellファミリーのトップで、2010年にはこれを超えるものは作られなかった。

2009年11月に、IBMのスーパーコンピュータ部門の副社長であるDavid Turek氏は、ドイツの雑誌のインタビューで、「PowerXCell 8i」のエンハンス計画を中止すると表明し、今後本プロジェクトの成果はヘテロジニアスなマルチプロセッシングに生かされることになるだろうと述べている。(2)

そして、2010年11月のTOP500では、インテルのマイクロプロセッサとNVIDIAの画像処理用LSIを組み合わせた、ヘテロジニアスなスーパーコンピュータが上位4機種中3機種を占めている。

こういう状況から、Cellの後継製品が今後スーパーコンピュータの世界に新規に登場することはなさそうだ。しかし、(Cellで使われたような)ヘテロジニアスな方式は今後のスーパーコンピュータの有力な実現方法になると思われる。

AV機器用としては?

では、AV機器用としてはどうだろうか? 前記のように、ソニーは当初、テレビ、DVDレコーダ等、AV機器に全面的にCellを採用する考えを表明していた。しかし、今日現在Cellを使ったAV機器は一部の業務用機器に限られるようだ。

現在Cellを採用している一般消費者用のAV機器は東芝の液晶テレビ「Cell Regza」だけのようだ。しかし、その価格は、55インチで約60万円、46インチで約45万円と、3D対応とは言え極めて高価だ。Cellの演算性能を生かした高画質が謳い文句だが、果たして消費者に受け入れられるのだろうか? 

Cellの教訓

開発プロジェクトに失敗はつきもので、失敗を恐れていては何もできない。しかし、市場の方向性についての誤った判断はできるだけ避ける必要がある。

Cellのプロジェクトから学ぶべき教訓の一つは、前記の記事にも記したように、「プロセッサは、所詮、ソフトウェアを動かすための道具に過ぎない」ということだ。したがって、ソフトウェアとハードウェアのインタフェース、つまりアーキテクチャを変えることに対する抵抗は絶大である。多数の欠点を抱えながら、IBMの360アーキテクチャやインテルのX86アーキテクチャがいまだに生き残っているのはこのためだ。

もう一つの教訓は、大量生産されている汎用品の価格競合力は絶大だということだ。そのため、一般消費者用の製品に比べれば、カネに糸目をつけない市場で競争しているスーパーコンピュータの世界でさえ、インテルやNVIDIAの汎用品を使いこなすアプローチが主流になっている。

こういう教訓はITの過去数十年の歴史を通じて不変である。新アーキテクチャを起こしたり、特殊な仕様のLSIを開発したりしようとするときは、こういう現実をよく思い起こす必要がある。

(1) 酒井 寿紀、「『Cell』が世界最高速を実現!」、OHM、2008年9月号、オーム社

(2) “IBM PowerXCell-8i processor said to be last of its kind, but Cell will live on”, Engadget, Nov. 23, 2009

2010年12月27日月曜日

「ホーム・ネットワークはどうなる?」のご紹介

オーム社の「OHM」2010年12月号に掲載された上記記事を小生が運営するウェブサイトに再録しました。

[概要] 家庭内でLANで接続されているパソコンの間では、ファイルをシェアしたり、ファイルを転送したり、プリンタを共用したりできるようになった。今後はスマートフォンや電子書籍端末との間でも同様なことができるようになるだろう。 ―――>全文を読む

2010年12月15日水曜日

内部告発に新時代到来!

情報漏洩事件が続発!

今年9月7日に尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と中国の漁船が衝突した。日本政府は、巡視船が撮影したそのビデオ映像を一般に公開しなかったが、それを入手した海上保安官がそれをYouTubeに投稿したため、全世界の人がその映像を見ることになった。

10月末に警視庁のテロ捜査情報が、ファイル交換ソフトのウィニーでインターネット上に流出していることが判明した。イスラム教の捜査協力者の氏名、顔写真、住所、家族構成などを含む114件の文書で、流出後1か月間に全世界で1万人以上の人からアクセスがあったという。

オーストラリア人のジュリアン・アサンジュ氏が開設した内部告発サイトWikiLeaksが、今年次々と米国の機密情報を公開した。4月には米軍のヘリコプターからイラクの民間人12名を射殺した時の映像を公開した。7月にはアフガニスタンでの戦争、10月にはイラクでの戦争の機密情報を公開した。これによって非公表だったイラクの民間人の死傷者数を米軍が把握していることが判明し、また、米軍がイラク軍によって行われた拷問を無視していたことが分かった。そして11月以降、米国の在外大使館から国務省に送られた25万通の電文が順次公開されつつある。

「情断」が通じない世界に!

これらの情報漏洩にはすべてインターネットが使われている。インターネットによる情報漏洩は、いったん流出したら最後止めることができない。

小生はオーム社の雑誌の2004年4月号に「『情断』が通じない世の中に」という記事を書き、3件の事例を挙げた。

一つは、イラクで殺害された日本の外交官の遺体の写真を、外務省がインターネットから削除するよう要請したため、かえって大勢の人の目に触れるようになってしまった話。

2件目は、中国で買春した人の氏名や顔写真を日本の一般紙は報道しなかったが、インターポールが手配情報をインターネットで公表したので、誰でも見ることができるようになった話。

3件目は、ダイアナ妃の自動車事故直後の写真と称するニセモノが世界中に出回った話。この写真は今日現在もまだインターネット上に流れている。

今回の3件の事件は「情断」が困難なことを改めて示した。WikiLeaksにインターネットや資金流通のサービスを提供している事業者に、米国政府が圧力をかけて契約を解除させたという。しかし、いくらこういう対策を講じても、世界中にボランティアの支援者がいる以上完全な「情断」は不可能だ。

皆で渡れば恐くない!?

これらの機密情報には国家の安全にかかわるものがある。またその入手には犯罪がからんでいることも多い。そのためこれらの情報を報道するに当たっては、従来報道機関は細心の注意を払い、一大決心をしてきた。

海上保安官が尖閣諸島のビデオを、YouTubeに投稿せず日本のテレビ局に持ち込んでいたらどうなっていただろうか? 政府が公開を禁じた映像が放映されることはなかっただろう。日本のテレビ各局がこれを放映したのは、これがYouTubeに掲載され、誰でも見ることができる状態になってしまったからだ。

WikiLeaksの米国の機密情報も、一つの報道機関に持ち込まれたとしたら、報道されなかった可能性がある。しかし、WikiLeaksがこれをインターネットで公開し、全世界周知のものにしてしまった。それを各社がいっせいに報道すれば、一社だけ責任を問われることはない。

「皆で渡れば恐くない」のだ。WikiLeaksやYouTubeは、最初にインターネットで公開することによって、報道機関による機密情報の報道を容易にする。

WikiLeaksが新システムを確立!?

内部告発は昔からある。しかし、WikiLeaksはインターネットの技術を駆使してそれを容易にしてくれた。

まず、告発者に対する匿名性の保証が重要だ。そのため告発者の情報は極力残さないようにしているという。これは、ハッカーや事故などによる情報流出、政府機関による情報の没収などから告発者を守るためだ。

また、WikiLeaksの組織を政府機関やこれを敵視する団体から守るため、組織の所属メンバーを秘密にし、また、決まったオフィスは持たない。インターネットで連絡を取り合えば、この種の活動にオフィスは要らない。そんなものはない方が盗聴される恐れも減る。

そして、インターネットの使用法についてもいろいろ工夫している。ドメイン名の登録には、管理者の氏名、住所、電話番号、メールアドレスの公開が要求されるが、WikiLeaksは、これらの情報を一般には公表せず、業者に「気付」の扱いにしてくれる登録業者を使っている。

また、DNSサーバーの委託先とウェブ・サーバーの委託先を別にしている。こうしておけば、ウェブ・サーバーを複数用意しておいて、一つの委託先でサービスの提供が拒否された時は直ちに別のサーバーに切り替えることができる。

こいう対策を講じておいても、WikiLeaks自身が運営するウェブ・サーバーの数には限りがあるので、全部使えなくなる恐れがある。そのため、全世界でミラーサイト、つまりWikiLeaksのコピーを掲載してくれるサイトを募集している。WikiLeaksにウェブサイトのIPアドレスやパスワードを連絡すれば、データをアップロードして、ミラーサイトにしてくれる。こういうミラーサイトが現在全世界に1,000以上あるという。

こういういわば正式なミラーサイトとは別に、WikiLeaksのデータの全部または一部を勝手にコピーして掲載しているサイトも多数あるようだ。

これらのサイトのドメイン名にはWikiLeaksとは似ても似つかないものも多く、しかも毎日のように増えているので、これらのサイトをすべて検出して削除することなど到底不可能だ。

そして、内部告発情報の公開には、その情報の価値の評価と信憑性の検証が重要だ。WikiLeaksはそのため、独自に複数のメンバーで入念に検証しているという。また、最近の米国政府の外交電文の公開に当たっては、米国のNew York Times、イギリスのThe Guardian、ドイツのSpiegel、フランスのLe Monde、スペインのEl Paísという、各国を代表する報道機関の共同チームが結成され、このチームで検証が終わったものから順次公開されているという。

このように、WikiLeaksは内部告発システムの一つのモデルを提示している。

内部告発に新時代が到来!

国家に何がしかの機密情報が必要なのはもちろんだが、中には本来公開すべき情報が機密扱いになっていることもある。過去のベトナム戦争の実態や、現在のアフガニスタンやイラクの戦争の実態などだ。そして、この種の情報についての内部告発の志望者は跡を絶たず、ソースを秘匿して情報を公開してくれる仕掛けに対するニーズは高い。

WikiLeaksが内部告発サイトの運営のモデルを提示したので、たとえWikiLeaksがつぶされても、今後類似のサイトが続々と出現するだろう。現在のWikiLeaksは英語の情報が中心で、おもに国家機密を扱っているが、今後は他の言語を扱うもの、大企業の秘密を扱うものなど、対象にする情報も広がっていくと思われる。

こういう内部告発が増えれば、ニセ情報も増える恐れがある。機密情報の信憑性の検証には限界があり、また、最新のCG技術を駆使すれば、映像の改変なども容易だからだ。今後これらの情報に接するときは細心の注意が必要である。

2010年11月30日火曜日

「新FMC時代の到来!?」のご紹介


オーム社の「OHM」2010年11月号に掲載された上記記事を小生が運営するウェブサイトに再録しました。

[概要] 1台の携帯電話で携帯電話回線と無線LANを使い分けるFMCは、従来なかなか普及しなかったが、最近のスマートフォンはある意味でこれをごく普通のものにしてしまった。これは今後どう発展するだろうか? そして、固定電話やファックスへの影響は? ―――>全文を読む

2010年10月29日金曜日

「国策SaaSの七不思議」のご紹介


「OHM」2010年10月号に掲載された上記記事を小生が運営するウェブサイトに再録しました。

[概要] 経産省が中心になってJ-SaaSという事業を始めた。国がソフト・ベンダーにカネを出してSaaS用のソフトを開発させ、それを国が用意したセンターと販売組織を通じて売るという。中小企業のIT化の促進が狙いだという。本プロジェクトの何が問題なのかを探る。―――>全文を読む

2010年9月30日木曜日

iTunesへの不満


楽曲ファイルを別のコンピュータにコピーできない

前に、アップルのiTunesで使っていたファイルを、Windows XPのパソコンからWindows Vistaのパソコンにコピーしようとしたときの問題を、「アップル流の限界?」というタイトルでオーム社の「OHM」に書いた。

今回同様のことを、Windows VistaからWindows 7へのコピーについて試みた。iTunesは最新のバージョン10だ。前とは若干状況が違うが、やはり同じような問題に出会ったので、「なぜこれが問題なのか?」も含めて以下ご紹介する。

現在のiTunesは非常に「頭がよく」なっていて、ホーム・ネットワークで接続された一つのパソコンから他のパソコンに楽曲ファイルの「ライブラリ」をコピーすることができる。こうしてコピーしたパソコンで、楽曲を聴いたり、iPodに転送したりすることができる。

しかし、コピーされるのは中身のないライブラリだけで、楽曲ファイル自身は元のパソコンに残っている。新しいパソコンで楽曲が要求されるたびに、元のパソコンのファイルを参照するのだ。

両方のパソコンに電源が入っていて、ネットワークを構成している限り、これでも差し支えないのだが、実際には困ることも多いはずだ。

まず、家族で楽曲ファイルをシェアしようとしても、参照先のパソコンの電源が入っていなければシェアできない。

また、ノートPCに楽曲ファイルをコピーして、別荘や旅行先で聴こうと思っても聴けない。

iPodで聴けばいいと言う人もいるかもしれないが、iPodを持たずにパソコンから直接聴いている人や、iPodがあっても、パソコンでの作業中はBGMとしてiTunesで音楽を再生している人もいるだろう。

このように楽曲ファイルそのもののコピーを困難にしているのは、著作権保護のためだろう。現在は5台のコンピュータまでにしかライブラリを登録できないようになっている。

しかし、現在でも、iTunesを使わずOSの機能で楽曲ファイルをコピーして、それをiTunesの機能でライブラリに登録すれば、コピー先のiTunesで楽曲ファイルが使える。操作が面倒なだけで不可能ではない。

こういう、中途半端な著作権保護のために使い勝手を犠牲にするのは止めてもらいたいものだ。

HDDにバックアップを取れない

iTunesにはファイルのバックアップ機能が用意されているが、バックアップ先の媒体として使えるのはCDかDVDだけだ。

しかし、日常のバックアップにCDやDVDを使っている人はもう少ないだろう。2テラバイトのHDDが1万円台で購入でき、HDDの方が高速で操作も容易だからだ。そして、HDDならバックアップの頻度を上げても、不要になったものは消せばいいので、媒体の費用も安く済む。したがって、バックアップは外付けHDDか、ネットワークで接続された別のコンピュータのHDDに取るのが今や常識だ。

これも著作権保護のためなのだろうが、OSのファイル・コピーの機能を使えばHDDにバックアップを取ることができるので、たいした意味はない。

従来レコードやCDで所有していた楽曲のコレクションが、いまやコンピュータのファイルになった。そして、楽曲ファイルが入っているHDDはエレクトロニクス製品なので、必ず壊れることがある。したがって、バックアップは不可欠で、そのために最善の手段を提供することはiTunesのようなソフトにとって非常に重要なことだ。

2010年9月29日水曜日

「電子書籍は新聞・雑誌にはなじまない?」のご紹介

オーム社の「OHM」2010年9月号に掲載された上記記事を小生が運営するウェブサイトに再録しました。

[概要] iPadの大型画面を活用して、新聞・雑誌を電子書籍として発行し、有料化を図る動きが活発だ。しかし、新聞・雑誌の記事のような鮮度が重要で断片的な情報の伝達には、電子書籍よりもウェブの方が適している。―――>全文を読む

2010年8月30日月曜日

「iPadが大人気だが・・・」のご紹介

「OHM」2010年8月号に掲載された上記記事を小生が運営するウェブサイトに再録しました。

[概要] iPadが大人気だが、果たしてiPadとiBookstoreが今後の電子書籍市場の本命なのだろうか? と言うのは、今後は、どの電子書籍も読める電子書籍端末と、どの電子書籍端末でも読める電子書籍が求められるようになると思われるからだ。―――>全文を読む

2010年8月10日火曜日

電子書籍の「中間フォーマット」は必要か?

政府の懇談会が「中間フォーマット」を提唱

この3月から総務省が中心になって、文部科学省、経済産業省と3省合同で、「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」という会議を開催してきた。その目的は、「デジタル・ネットワーク社会に対応して広く国民が出版物にアクセスできる環境を整備すること」だというが、端的に言えば、「昨年来米国で急速に立ち上がりつつある電子書籍の市場に日本はどう対処すべきか」という問題だと思う。

この懇談会が6月28日に「報告」を公表した。(1)

その中に、電子書籍の「中間フォーマット」の策定を推進するという項目がある。現在日本には「XMDF」(シャープ)、「ドットブック」(ボイジャー)という、フォーマットが異なる電子書籍があるので、統一された中間フォーマットを制定することによって、出版社が複数の配信用フォーマットに対応するのを容易にしようというのだ。

しかし、この計画にはどれだけ意味があるのだろうか?

真に必要なのは配信用フォーマットの統一

現在米国では、アマゾン、ソニー、バーンズ・アンド・ノーブル(B&N)、アップルの電子書籍は、それぞれフォーマットまたはDRM(ディジタル著作権管理)が異なるため、一部を除き、それぞれ専用の電子書籍端末またはリーダー・ソフトを使わないと読めない。日本でもシャープとボイジャーのフォーマットが違うのは上記の通りだ。

したがって、電子書籍端末を買う人は、それで将来どれだけ本が読めるのか心配になる。また、電子書籍を買う人は、将来もそれを読む端末が入手できるのか心配だ。現に日本では過去に、松下電器とソニーが電子書籍から撤退した。

VHSとベータマックスが熾烈な戦いを繰り広げていた時代に、ベータマックスのビデオテープ・デッキやビデオ・ソフトを買った人のような羽目にならないか心配するのは至極当然なことだ。

これが、「『Eブック』が離陸しないのはなぜか?」にも記したように、従来電子書籍が本格的に普及しなかった最大の原因である。(2) 米国でも、現在のように規格がばらばらな状態では普及に限界があると考えている。したがって、最大の問題はDRMを含む配信用フォーマットの統一であって、これはいくら立派な中間フォーマットを策定しても解決しない。

現在はEPUBが優勢

現在、ソニー、B&N、アップルの電子書籍に互換性がないのはDRMが違うからで、フォーマット自身はEPUBで共通である。そして、2009年8月、グーグルは今後100万冊以上の著作権が切れた書籍を順次EPUBで公開すると発表した。現在同社のGoogle Booksで、EPUBで読める本は、ディッケンズの小説やシェークスピアの戯曲の一部などまだごくわずかだが、今後増えていくものと思われる。

EPUBの特長は?

EPUBの特長としては、まず、ウェブとの親和性が高いことがある。EPUBの仕様の元になっているのはウェブページの記述言語XHTMLやウェブページのフォーマットを記述するCSSだからだ。そのため、将来ともウェブとの高い親和性が維持される可能性が大きい。

新聞・雑誌などでは、電子書籍として出版されるとともに、ウェブページとしても配信されることが多いので、この親和性はきわめて重要である。

もう一つの特長はEPUBがリフロー型で、画面のサイズに応じて1行の文字数を変えられることだ。この点が紙の1ページをそのまま1画面にするPDFとは基本的に違う。今後電子書籍を読む端末が、小画面の携帯電話から大画面のパソコンまで各種出揃うので、この点も重要である。

そして、EPUBは電子書籍の配信用に限らず、一般企業内での文書の交換や、作家や一般企業から出版社への原稿の送付にも使われることを想定している。もしこういうことが一般化すれば、別の「中間ファイル」は不要になる。

EPUBの限界は?

では、EPUBでは対応できない出版物はないのだろうか? マンガなど、1ページのレイアウトが決まっているものの電子化には向かない。また、数学の論文など、微積分などの特殊な記号が頻発する文書の電子化も困難だ。これらの文書の配信には現在のEPUBの拡張または別の規格の制定が必要である。これは中間フォーマットの制定で解決する問題ではない。

EPUBの日本語対応は?

現在のEPUBは縦書き等の日本語固有の表記ができない。そのため、今年4月、日本電子出版協会(JEPA)が日本語固有の表記を取り込む仕様案をまとめて、EPUBの規格の管理元である米国の団体のIDPF (International Digital Publishing Forum)に提案した。(3) そして、IDPFはその提案を次期EPUBの検討課題の一つとして挙げている。(4)

その仕様案には、縦書き、禁則処理(行頭や行末の記号についての制約)、ルビなどが含まれている。

これら日本語固有の表記のEPUBへの取り込みはもちろん望ましいことだが、これが実現しないと日本語の文書にEPUBを使えないというわけではない。日本の書籍でも、理工学関係や実用書以外にも横書きのものが増えつつあり、小説や古典も横書きで読めないことはない。それが証拠に、中国や韓国は日本と同じようにもともと縦書きだったが、現在ではほとんどの書籍が横書きになっている。要するに慣れの問題だ。

ルビは必要なら漢字の後にひらがなを括弧付きで表記すればよい。

禁則処理は、あるに越したことはないが、不自然さを少々我慢すれば済む。

現在のEPUBにはこれらの機能がない。しかし、日本語の文書のサンプルを現在のソフトでEPUBに変換したファイルを、現在米国で使われているEPUBのリーダー・ソフトで読めば実用上は十分読める。

ボイジャーの執行役員の小池利明氏は、「将来、EPUBが真の意味で、多言語対応した世界標準の電子書籍フォーマットとなるかどうか? その可能性は高いだろうと思われます。」、「将来、EPUBが真の世界標準になった時は、すみやかに.bookをEUBへ移行させることは十分視野に入っていることです。」と書いている。(5)

国際的な市場動向とユーザー・ニーズの重視が必要

今回の懇談会の「報告」も、一方では、「(EPUBは)グーグル、ソニー、アップル等のグローバル企業が採用し、EPUBを閲覧フォーマットとする電子出版の提供が世界的に拡大する傾向にある」と言っている。「中間フォーマット」の提唱に当たっても、この現状認識を十分に踏まえてもらいたい。

また、本「報告」は、ファイル・フォーマット統一の必要性について、出版物の「つくり手」の生産性の向上を強調していて、ユーザーから見たファイル・フォーマット統一の必要性についてはまったく触れていない。しかし、全体から見れば、後者の方がはるかに重要である。「つくり手」の生産性はこの後者の問題が解決した上での話だ。

懇談会のメンバーが「つくり手」中心なのでこうなったのだろうが、ユーザーの視点からの問題の捉え方が不足している。

(1) 「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会 報告」、2010年6月28日、総務省

(2) 「『Eブック』が離陸しないのはなぜか?」、OHM、2009年3月号、オーム社

(3) “Minimal Requirements on EPUB for Japanese Text Layout”, 2010/04/01, Japan Electronic Publishing Association (JEPA)

(4) “EPUB 2.1 Working Group Charter – Draft 0.10”, 2010/04/27, IDPF

(5) 「ePUB 世界の標準と日本語の調和」、マガジン航、2010年7月4日、ボイジャー

2010年8月4日水曜日

ウィルコム再建スキームが軌道修正

ソフトバンクがウィルコムを全面支援

8月2日のソフトバンクの発表を踏まえ、日本経済新聞は「ソフトバンク、ウィルコムを全面支援」と報じた。(1) 3月12日に発表された当初のウィルコムの再建スキームでは、ウィルコムの次世代PHSであるXGPを新会社に移してソフトバンクほかが支援し、ウィルコムのPHS事業は本体に残して、投資ファンドであるアドバンテッジパートナーズほかが支援することになっていた。

この当初のスキームでは、ソフトバンクは新会社には出資するが、ウィルコム本体には出資しない計画だった。しかし、今回ウィルコムの管財人からの要請を受け、ソフトバンクはウィルコムの金融機関などに対する債務410億円の支払いを引き受けるとともに、事業家管財人を派遣することになったという。

もともと無理だった当初の再建スキーム

当初の再建スキームには疑問点が多いことを3月16日の本ブログ「ウィルコム再生計画の疑問点」で指摘した。そこに、PHSとXGPを資本関係がない別会社に分離したら、PHSユーザーを順次XGPへ移行させるという従来のウィルコムの計画が実現困難になると記した。そして、企業再生支援機構の「XGPがなければウィルコムは再生しないというわけではない」という見解に疑問を呈した。

日経新聞によると、「想定より(現行PHS)事業の毀損が激しく、再建自体が難しくなってきたため、ウィルコムの管財人がソフトバンクに全面的な支援を要請していた」という。(1) PHSの契約数は昨年12月末の430万人から、今年6月末の388万人へと、最近半年間で42万人(約10%)減っている。(2) しかしこれは、移行先の事業計画が不明確で、現ユーザーに対する移行の優遇策などがはっきりしなければ当然なことだ。現PHSの事業再建のためには、これらの移行戦略の明確化が必要なことは最初から分かっていたはずだ。

ソフトバンクは「大誤算」か?

産経新聞社は本件について、「ソフトバンク“大誤算”、ウィルコム全面支援で410億円の借金背負う」と報じている。「ウィルコムの約400万契約者と次世代技術を最小限の投資で取り込もうとしたもくろみは外れた」という。(3) しかし、はたしてそうなのだろうか?

たしかに、今回ソフトバンクは、ウィルコムの債務410億円を負担することになった。6年間の均等分割で支払うという。しかし、3月に当初の再建スキームが発表されたときは、ウィルコムの金融機関などへの債務は総額1,495億円で、そのうち1,145億円(約77%)が債権放棄される予定ということだった。今回これが410億円になったということは、予定より多少少ないが1,085億円(約73%)が債権放棄されたということになる。

当初からソフトバンクがウィルコム全体の支援に乗り出していたら、これだけの債権放棄は難しかっただろう。ソフトバンクにとって、ウィルコムの400万人弱の顧客ベースの獲得が必要だったとすれば、ソフトバンクがウィルコム全体を入手する費用が数百億円安く済んだという見方もできる。

ソフトバンクの二つ目の深謀遠慮?

5月3日の本ブログ「ソフトバンクが中国方式を採用!?」に記したように、ソフトバンクは当初の再建スキームで入手したXGPを止めてTD-LTEを採用するという。今回当初の再建計スキームでは関与しないことになっていたウィルコム本体の支援に乗り出せば、再建スキームの2回目の軌道修正になる。

XGPを時期を見て中止することは、当初からソフトバンクの孫社長の頭の中にあったのではないかと上記ブログに記した。そして、今回のウィルコム本体の入手も当初から孫社長の頭にあったのではないかと思う。しかし、「ウィルコムの再建にXGPは必ずしも要らない」と言う企業再生支援機構の下では、交渉は有利に進められない。そして、ソフトバンク側から積極的にウィルコム本体の支援に乗り出せば、金融機関による十分な債権放棄は期待できない。

孫社長は管財人が頭を下げて頼みに来るのをじっと待っていたのではないだろうか。経営にはスピードが大事だといっても、最小の対価で最大の収穫を得るには忍耐も必要だ。ライオンは獲物が十分弱るのを待ってから襲いかかるという。待っていればほかの獣に獲物を横取りされるリスクもあるが、無駄なエネルギーの消費を極力避けることが生存競争には必要なのだ。

今回の再建スキームの軌道修正も、実はソフトバンクの深謀遠慮の一つなのかもしれない。

(1) 「ソフトバンク、ウィルコムを全面支援」、日本経済新聞、2010年8月3日

(2) 「携帯電話・PHS契約数」、電気通信事業者協会

(3) 「ソフトバンク“大誤算”、ウィルコム全面支援で410億円の借金背負う」、SankeiBiz、2010年8月4日、産経新聞社

2010年8月3日火曜日

路頭に迷うWindowsユーザー・・・メール・クライアントとアドレス帳について

Windows 7のアドレス帳はどこにある?

この4月に、Windows 7をインストール済みのノートPCを買った。ところが何と、これには、日常最もよく使うメール・クライアントが付いてない。従来使っていた、Windows XPにはOutlook Express、Windows VistaにはWindows Mailというメール・クライアントが付いていたが、Windows 7にはない。一体どうなっているんだ?

マイクロソフトの公式見解によると、下記二つの選択肢があるという。(1)

(a) 他社のメール・クライアントを使う。(Thunderbirdなどにどうぞ移行して下さい、ということのようだ)

(b) Windows Live Mailという無料ソフトをダウンロードして使う。これを使えば、アドレス帳がサーバー側にあり、Windows Liveで自動的に更新されるので、常に最新のものが使えるという。そして、Windows Liveに接続してなくても、このアドレス帳が使えるという。

小生は、ずっとNetscape系のメール・クライアントを使ってきて、2007年にマイクロソフト系に切り替えた。マイクロソフト系のメール・クライアントには「悪い製品がよい製品を駆逐?」(2) で指摘したように問題が多く、現在も不便さを耐え忍びながら使っている。しかし、今回は、操作やファイルの連続性を重視して、上記の選択肢(b)のWindows Live Mailを使うことにした。

小生はWindows Liveの機能は使う気がないので、Windows Liveのサーバーに接続したことはないが、マイクロソフトが言っているように、Windows Live MailはWindows Liveのサーバーに接続しなくてもメールの送受信ができる。また、従来使っていたアドレス帳からのインポートや更新もできる。こうして、小生は現在Windows Live Mailを、アドレス帳も含めて、単なるメール・クライアントとして使っている。

Windows Liveのサーバーに接続しなくてもアドレス帳が使えるということは、アドレス帳がパソコンのディスク内にもあるということだ。しかし、不思議なことに、これがどこにあるのか捜しても見つからなかった。ウェブ情報を調べたところ、同じ疑問を持った人が大勢いるようで、掲示板に質問が多数掲載されている。その回答の一つで、アプリケーション・プログラムのユーザー用データを格納するフォルダに、特殊なファイル形式で格納してあることが分かった。そのため、ユーザーはこのファイルを直接変更したり、移動したりすることはできないようだ。

何が問題か?

こうして、小生は今のところ支障なくメールの送受信をしているが、今回のマイクロソフトのメール・クライアントとアドレス帳の扱いには下記のような問題がある。

(a) 旧バージョンの機能は引き継ぐべき!

ソフトウェア・ハウスにはサポートの連続性が要求される。旧バージョンでサポートしてきた機能は新バージョンでもサポートするべきだ。事情があって旧バージョンの機能を廃止するときは、少なくとも1世代は新しい代替機能との並行サポートが必要だ。新旧両バージョンを一時期同時に使用する人も多いので、これは不可欠だ。零細ソフトハウスならいざ知らず、マイクロソフトのように実質上市場を制している企業にとっては、これは社会的責任である。

この点で、Windows 7でのメール・クライアントとアドレス帳の扱いには問題がある。

(b) メール・クライアントはSaaSにはなじまない!

現在世界中で「クラウド」が大流行で、その中心の一つは、ソフトのパッケージ販売から、SaaSとしてのサービスの提供への変化だ。パッケージ販売が中心だったマイクロソフトも、この流れに乗り遅れては大変と、SaaS型サービスの提供であるWidows Liveの世界を急速に充実させようとしているのは理解できる。

同社は、従来パッケージソフトとしてOSに括り付けて提供していた写真や動画の編集ソフトを、Windows 7ではSaaSにして、Widows Liveの世界に追い出してしまった。しかし、たとえこれらはいいとしても、メール・クライアントまでWidows Liveにしてしまったのは問題だ。

メール・クライアントとはメール・サーバーが提供するサービスに対応するクライアント側のソフトだ。したがって、メール・クライアント自身をSaaSにするということはあり得ない。Windows Live Mailもメール・クライアントとしての機能そのものは、前身のWindows Mailと基本的に同じである。変わったのは、従来クライアント側にあったアドレス帳のWindows Contactsがサーバー側に移り、Windows Live Contactsに変わっただけだ。したがって、メール・クライアント自身をWindows Liveの一員に移したのは適切とは言えない。

(c) アドレス帳はクライアント側にも必要!

では、アドレス帳をWindows Liveに移し、サービスとして提供するようにしたのはどうだろうか? もちろん、企業などでは、各個人が自分のアドレス帳を管理するよりも、企業全体で統一された最新のアドレス帳を各個人がサービスとして使える方が便利だ。また、いわゆる「デレクトリ・サービス」や「ソーシャル・ネットワーク」で、加入者全員の最新のメール・アドレスが調べられることは、人捜しなどのときに便利である。

しかし、個人用のアドレス帳は、大変重要で機密性の高い情報なので、外部での管理にゆだねたくない人も多いはずだ。外部に出せば、機密漏えいのリスク、情報喪失のリスクを免れないからだ。

したがって、サーバー側で管理するアドレス帳の意義は分かるが、それとは別に、クライアント側で管理するアドレス帳が是非とも必要である。

(d) 長期的戦略が必要!

マイクロソフトは近年、メール・クライアントを、Windows XP以前のOutlook Express、Windows VistaのWindows Mail、Windows 7のWindows Live Mailと、世代ごとに切り替えてきた。また、これに対応してアドレス帳も、Windows Address Book、Windows Contacts、Windows Live Contactsと切り替えてきた。そして、現在のものには上記のように大きな問題がある。と言うことは、次期バージョンでまた変わる可能性があると思われる。

いくら変わろうと、過去の遺産を重視しつつ、一定の方向に向かって進化するのなら一向に構わない。しかし、現状はまったく方向性が見えず、しかも、しばしば顧客ニーズに逆行しているように見える。これではOSのバージョンアップのたびにユーザーは振り回されてしまって、たまったものではない。

(1) “Looking for Windows Address Book”, Microsoft

(2) 「悪い製品がよい製品を駆逐?」、OHM、2008年1月号、オーム社

2010年7月29日木曜日

「KDDIがJ:COMに資本参加したわけは?」のご紹介

「OHM」2010年7月号に掲載された上記記事を小生が運営するウェブサイトに再録しました。

[概要] 通信事業者のKDDIがケーブルテレビ会社のJ:COMに資本参加した。その理由は、トリプルプレイの時代には、通信事業者とケーブルテレビ会社が同一市場でもろに競合することになり、競争力強化のためには何らかの連携が不可欠だからだ。本市場でNTTに対抗できる企業が出現することは市場の健全性を維持する上からも好ましい。―――>全文を読む

2010年6月30日水曜日

イタリア旅行でインターネットを使って

6月前半に、女房と二人で南イタリアに行ってきた。今回のベースキャンプはナポリとシチリア島のパレルモにし、そこで各5泊し、そこから日帰りで行けるところを訪れた。年齢とともに、大きな荷物を携えて動き回るのが億劫になったので、海外旅行では、ここ10年来こういうベースキャンプ方式がすっかり身についてしまった。

旅行に当たっては、例によって、事前の調査や予約にインターネットを駆使するとともに、現地にも小型ノートPCを持参して、翌日の天気を調べたり、頼まれた買い物をする店を探したり、日本のニュースを読んだりするのに活用した。

今回の旅行で、インターネットで経験したことからいくつかご紹介しよう。

ブロードバンドが無料で使い放題

ホテルを探すに当たっては、いつもの通り、インターネットが使えることを条件にした。最近はインターネットが使えることを「売り」にしているホテルも多いが、速度、費用などの詳細は事前に分からないことが多い。したがって、使えそうなホテルの中から適当に選ぶしかない。

今回は、ナポリのホテルでは無線LANが使え、パレルモのホテルではLANケーブルが部屋のテーブルの上まで引いてあった。どちらも無料で使い放題だったので助かった。3年前にフランスに行った時は、パリのホテルでは、無線LANが使えたが1日2,000円程度の費用がかかった。今後は無料のブロードバンドがホテルの基本的な設備の一つになっていくのだろう。

ナポリのホテルでは、フロントで24時間通用するパスワードをもらって無線LANを使うようになっていた。少々面倒だが、セキュリティ上やむを得ないだろう。

最近買ったノートPCには内蔵モデムがないが、もうこれは不要なことが多いことが分かった。また、もう電話線やLANケーブルを持参したり、ホテルに着くなり電話回線の工事をしたりする必要もなくなった。

前には海外へ出かけるときは、全世界でローミング・サービスを提供しているiPassと一時的に契約して出かけた。海外で電話回線でのインターネット接続を使わなくなると、こういうローミング・サービスは不要になる。こういう企業は事業の変更を強いられる。

Wikipediaの誤情報にご用心!

いつもホテルはできるだけ地下鉄の駅に近いところを選ぶ。出かけるときに便利だからだ。

英語版のWikipediaに「ナポリの地下鉄」という項目があって、その中に地下鉄の路線図が掲載されていた。また「ナポリの地下鉄の駅のリスト」という項目もあって、計画中のものも含めて10路線のすべての駅名が記載されていた。計画中や工事中のものはその旨表記してあるので、それ以外は誰が見ても実在するものだった。

この情報を頼りにナポリのホテルを決めたが、そこに行ったところ、その近くにあるはずの駅は目下建設工事の真っ最中だった。グーグルなどの地図情報に駅のマークがないのを不審に思ったが、この方が正しく、Wikipediaの情報が誤りだった。帰国後調べると、イタリア語版のWikipediaでは、「ナポリの地下鉄」の項目に誤った路線図は掲載されていず、また「ナポリの地下鉄の駅のリスト」は項目自身がないことが分かった。他の言語のWikipediaは見てないが、どうも英語版固有の誤りのようだ。

今回はたいした問題ではなかったが、Wikipediaの情報を安易に信用すると危ないことがよく分かった。くれぐれもご用心を!

Wikipediaに最近の一時的情報も期待!

Wikipediaについてもう1件、これは誤りではないが、もう少し何とかならないかと感じたことがある。

最近は旅行のガイドブックを買わず、インターネットで旅行先の名所・旧跡の下調べをすることが多い。その際、Wikipediaに適切な解説があることが多いので愛用している。

その情報をもとに、ポンペイの遺跡では、ローマ人の性風俗の壁画があるという「ヴェッティの家」を見たいと思っていた。しかし、いくら捜し回っても見つからず、最後にやっと現在改修中という看板を見つけた。

また、ポンペイの「ファウノの家」にあったアレクサンダー大王のモザイク画が、現在はナポリの国立考古学博物館に展示されているというので、見たいと思っていた。しかし、このモザイクも見つからないので係員に聞くと、その部屋は現在修理中で見られないとのことだった。帰国後その博物館の公式サイトを見ると、8月末まで修理中で見られないと記載してあった。

また、パレルモの考古学博物館は、博物館自体が改修中で閉館していた。

これらの博物館や展示品について、Wikipediaには詳しい説明があり、これを利用している旅行者も多いことだろう。こういう人たちにとって、一般的な説明だけでなく、改修工事の予定や状況なども記載してあると非常に役に立つはずだ。

印刷物として出版されているガイドブックには、一時的な改修工事などを記載することは不適当だが、ウェブ情報には、その気になれば一時的な状況をいくらでも記載できる。

政府の人事異動などは即日Wikipediaに反映される。また、自然科学系でも、2006年に冥王星が惑星から除外されたときは、即刻Wikipediaに反映された。一時的な改修の情報などは、本来の百科事典の機能からは外れるが、インターネットの特長を生かして利用者に便宜を供与するものだ。

ストリート・ビューでスケッチの場所探し

小生は、趣味で水彩のスケッチを描いている。今回の旅行も、洗濯物が干してあるナポリの裏通りのスケッチを描くのが一つの目的だった。しかし、ナポリといっても広く、どこへ行けばそういう風景に出会えるのか分からない。

そこで、ウェブでナポリの情報をいろいろ検索するとともに、めぼしいところの街並みをグーグルの「ストリート・ビュー」で実際に見てみて、かなり焦点を絞ることができた。ストリート・ビューの情報なしに、現地で歩き回ってスケッチの対象を見つけるのに比べれば大変な時間の節約になる。ナポリの場合は、例えばキアイア通りは1年中歩行者天国でストリート・ビューの撮影用のクルマが入れず、また、ピニャセッカ通りの階段の路地などは、もちろんクルマからの撮影はできない。そのため、こういう裏通りのストリート・ビュー情報には限界があるが、それでも近隣の情報から様子を類推できる。

ストリート・ビューのこういう活用法については前から考えていたが、今回初めて実施してみた。(1) ストリート・ビューについては、プライバシーの侵害を主張する人も多く、その対策も必要と思うが、利用価値は大きい。

(1) 「『ストリート・ビュー』の問題・・・利便性か、プライバシーか?」、OHM、2008年12月号、オーム社

2010年6月29日火曜日

「総務省がSIMロック解除を要請!」のご紹介

「OHM」2010年月号に掲載された上記の記事が小生の運営するウェブサイトに再録されました。

[概要]  日本の携帯電話端末は「SIMロック」により他の通信事業者の回線では使えない。「SIMロック」を解除することによって、ユーザーは端末と通信事業者の組み合わせを自由に選択できる。ユーザーにとっては選択肢が増え、端末メーカーにとっては、全世界で同じ端末を販売する道が開かれる。―――>全文を読む

2010年5月28日金曜日

「『クラウド』と聞いたら眉に唾を!」のご紹介

「OHM」2010年5月号に掲載された上記の記事が小生の運営するウェブサイトに再録されました。

[概要] 「クラウド」が大流行しているが、この言葉の定義は不明確で、その特長とされているものも、実は従来からあるシステム形態やビジネス形態の特長と同じものが多い。そのため、「クラウド」の記事を読むときは、その話の裏の真実を読み取る必要がある。―――>全文を読む

2010年5月3日月曜日

ソフトバンクが中国方式を採用!?

ソフトバンクが次世代PHSに中国移動の通信方式を採用!

4月27日の日経新聞の1面トップに「PHS通信に中国方式」という記事が掲載された。ソフトバンクはウィルコムから次世代PHSの事業を引き継いだが、それに中国移動が採用を予定しているTD-LTEという通信方式を採用するという。

ウィルコムはPHSの後継として次世代PHS (XGP)の開発を進めてきたが、それを今後はTD-LTEに切り替えるという。TD-LTE (Time Division – Long Term Evolution)とは、第4世代の携帯電話の国際標準であるLTEをベースにして、全二重の制御をFD (Frequency Division: 周波数分割)からTD (時分割)に変えたもので、今までは中国移動だけが採用を予定していたものだ。

本記事はソフトバンクの正式発表でなく、上記の内容が「明らかになった」というもので、真偽の程は不明だ。しかし、これはいろいろな問題をはらんでいるので、以下この内容が真実だとして問題点を見てみよう。

ソフトバンクは2.5GHz帯をLTEで活用!

ソフトバンクはウィルコムが次世代PHS用に獲得した2.5GHz帯(注1)の免許を引き継いだが、上記の記事によれば、TD-LTEになっても免許条件に抵触しないよう総務省などと調整するという。

小生は、ソフトバンクがウィルコムの救済に乗り出すと報じられたとき、1月18日の本ブログ「ソフトバンクがウィルコムを獲得!?」 に、もしこの獲得が成功すれば、ソフトバンクは「2.5GHz帯の免許を実質的に獲得することになる。これは今後高速サービスを拡大する上で非常にメリットになる」と記した。また次世代PHSについては、「ソフトバンクは次世代PHSの事業計画をLTEに切り替え、現在のPHSの加入者をLTEで取り込んでいくことも考えられる」と書いた。

その後、ソフトバンクなどによるウィルコムの再生計画が明らかになったとき、3月16日の本ブログ「ウィルコム再生計画の疑問点」 に、「(ソフトバンクは)XGP用の2.5GHzの周波数帯は喉から手が出るほど欲しいはずだ。同社は2007年にこの周波数帯の免許を総務省に申請したが、選に漏れた。それが今回図らずも手に入るのだ。同社は、次世代のLTEを含めたサービスの拡大に、この周波数帯を活用したいと考えているのではないだろうか?」と記した。

今回の日経新聞の記事が本当だとすると、まさに小生が思っていた通りになったわけだ。

ウィルコム支援計画の策定中は、こういう話は報道されなかったが、ソフトバンクの孫社長が最初からこういう考えを持っていたことは十分考えられる。

FD対TDの争い

ここで問題は、2.5Ghz帯をLTEに使うとして、なぜ全世界で広く使われる予定の、全二重に周波数分割を使う(FD-)LTEでなく、中国でしか使われない時分割のTD-LTEなのかということだ。

その理由は、ソフトバンクが獲得した2.5GHz帯では、上り用と下り用に一対の周波数帯域が必要な(FD-)LTEは使えないが、TD-LTEなら使えるからだ。ソフトバンクはTD-LTEを選択するしか道がなかったのである。

では、ソフトバンクは中国移動とともに世界中のLTEの中で少数派になるのだろうか? 実は、そういう状況がここ数ヶ月で大きく変わりつつある。

当初LTEは、第3世代からの技術の流れを引き継いで、全二重に周波数分割を採用する(FD-)LTEが広く普及する見通しだった。しかし、一対の周波数帯域が必要な(FD-)LTEはどの国でも周波数の割り当てが難しいため、最近周波数の割り当てが容易なTD-LTEが見直されてきた。

10億の人口を抱えるインドでもTD-LTEが提案されている。もしインドでも採用が決まれば、中国と合わせて20億人以上の市場で、TD-LTEが他の通信方式と競争することになる。

そのため、アルカテル・ルーセント、モトローラ、シスコ・システムズ、ノキア・シーメンス・ネットワークス、クアルコムなど、世界中の大通信機器メーカーがTD-LTEの市場への参入を図っている。

次期WiMAXがTD-LTEに!?

もう一つTD-LTEに有利な話がある。それは、WiMAXが次世代にはTD-LTEを採用する可能性が出てきたことだ。

小生は「OHM」2008年8月号のコラム「WiMAXとLTEが合流?」 に、両者の基礎技術は非常に近いので、第4世代の携帯電話がLTEになれば、WiMAXの存在理由は薄れ、WiMAXはLTEに合流することになるのではないかと記した。WiMAXの全二重制御は時分割なので、合流するときはTD-LTEの方が相性がいい。

米国でWiMAXの事業を展開しているクリアワイアのビル・モロウCEOはこの3月の講演で、「われわれはLTEと戦うつもりはない。LTEにWiMAXの代わりが務まるようになったら、必要ならLTEを使う」と言ったという。(1) そして同社は、3GPP(第3世代の携帯電話の規格の国際機関)に同社が現在使っている2.6GHz帯(注2)のTD-LTEの規格化を依頼し、3GPPに受理されたという。(2)

こうして、TD-LTEがWiMAXのあとを引き継ぐことになれば、現在WiMAXのユーザーは全世界で6.2億人ということなので、TD-LTEは一大市場を引き受けることになる。

TD-LTEが国際標準の一つに!?

このような状況から、将来TD-LTEが中国市場だけでなく、全世界で国際標準の一つとして使われるようになる可能性がある。

現在日本では第2世代のサービス終了に伴って空く1.5GHz帯を(FD-)LTEに使うという話がある。しかし、1.5GHz帯の(FD-)LTEは、現在のところ他の国では使われないようなので、機器の調達などに問題が生じる恐れがある。

一方、ソフトバンクが獲得した2.5GHz帯のTD-LTEは広く普及し、世界中の通信機器メーカーが機器を供給するようになるかもしれない。中国移動のTD-LTEは2.3~2.4GHz帯で周波数が多少違うが、本周波数帯と2.5~2.6GHzを同一ファミリーのチップで対応している半導体メーカーもある。

もしそうなれば、従来LTEへの対応で最も遅れていたソフトバンクが、一挙にNTTドコモやKDDIより有利な地位を獲得する可能性もある。そのときは、TD-LTEはもはや前記記事が標題に使った「中国方式」ではなくなっている。


(注1)正確には2,545~2,575MHzの30MHz

(注2)正確には2,496~2,690MHzの194MHzで、ソフトバンクが獲得した2.5GHz帯を含む。


(1) “Clearwire’s Morrow re-ignites 4G standards debate”, FierceWireless, March 24, 2010

(2) “Clearwire Paves Way for LTE in US”, Light Reading Mobile, March 29, 2010

2010年4月29日木曜日

光アクセス網はどうなる? ・・・総務省 vs. NTT


総務省がブロードバンド普及計画を前倒し

OHM」2010年4月号の「NTTは光アクセス網を開放すべき!」に、光アクセス網は電気やガスと同様な社会インフラとして、1地域については1社がネットワークを構築し、他社に利用させるようにすべきだと書いた。

上記記事に、総務省は昨年12月に発表した「原口ビジョン」で、2020年までに全世帯にブロードバンドを普及させるという目標を掲げたと記したが、その後今年3月にはこの計画を5年前倒しし、2015年までに実現すると発表した。総務省は短期間に力を集中して本計画の実現を図ろうとしているようだ。その後の展開を見てみよう。

総務省とNTTの対立がエスカレート

上記記事に、NTTの光アクセス部門の分離を図ろうとする総務省の動きに対し、NTTが拒否反応をあらわにしていると記したが、この両者の対立はその後エスカレートしているようだ。

4月13日の日経新聞は、総務省の作業部会がNTTの光アクセス網を分離し、他の通信事業者も利用できる環境を整えることを検討する予定だと報じた。これに対し、NTTの三浦社長は「分離した会社はもうからない設備事業をやる意欲がわかない」と反対しているという。

そして4月21日の同紙は、前日の作業部会の様子を報じている。それによれば、「NTTの光インフラ事業の完全分離が必要」と主張するソフトバンクの孫社長に対し、NTTの三浦社長は「分離は時間とコストがかかり、ブロードバンドの普及を阻害する」と反論したそうだ。また同社長は「海外の株主は分離に危機感を持っている」とも唱え、有識者の間にも「国がNTTに分離を強要すれば企業価値が下がり、株主代表訴訟や国家賠償訴訟を起こされるリスクもある」という意見もあると報じている。

普及には魅力あるサービスが重要

NTTも「(光の利用の)普及が進まないのは(光回線の)中を通るサービスがないからだ」と言っているという。しかし、「したがって、光アクセス網の開放にはあまり意味がない」と言えるだろうか?

現在すでに、全人口の90%を超える地域で、光アクセス網が利用できる状態になっているという。しかし、実際に使っているのは全世帯の30%程度だ。したがって、光アクセス網の利用を普及させるには、アクセス網が未敷設の地域に新規にアクセス網を敷設することよりも、既敷設のアクセス網の利用を促進することの方が当面の大きな課題なのは確かだ。

そして、既敷設の光アクセス網の利用率が低い理由には、料金が高いこともあるだろうが、光ならではの魅力のあるサービスが少ないことが大きいのも確かだ。

光アクセス網を使ったサービスには、インターネット接続、映像配信、電話などある。しかし、光の高速性を最も生かすものは映像配信だ。そして、人々は、他のものは置いておいても、テレビやビデオには十分カネと時間をつぎ込んで楽しむ。したがって、光アクセス網の利用の普及には、光アクセス網での映像配信が、アンテナやケーブルテレビでテレビ放送を受信したり、ビデオレンタル店でDVDなどを借りてきたりするよりも安く、便利にすることが重要である。

そのためには、光アクセス網上で、複数の映像配信事業者に競争させるのが一番早い。光アクセス網を一社が独占して映像配信していれば、無競争状態になり、価格やサービスの改善は望めない。また、そうかといって、光アクセス網自身の提供を複数の企業に競争させるのは、社会全体として重複投資になり望ましくない。

したがって、NTTが主張する「光が普及しないのはサービスが不足しているためだ」というのは正しいが、この問題を解決するためにも光アクセス網の開放が必要なのだ。

NTTの株主にも利益をもたらすはず

折角大金をかけて敷設した光アクセス網も、現状のように利用の普及が進まなければNTTの株主に利益をもたらさない。光アクセス網の開放により、それを利用したサービスで競争が起き、価格やサービスの質が改善されれば、光アクセス網の契約者が増え、NTTの株主にもその利益が還元されるはずだ。

光アクセス網を開放すれば、たしかに映像配信とかインターネット接続とかのサービス提供業でのNTTのシェアは下がるかもしれない。しかし、通信事業者の事業の核である光アクセス網自身の収益は増大する。従来も、通信網の提供とそれを使ったサービスの提供は、通信事業者とインターネット・サービス・プロバイダなどのように、別の企業が分担してきたものが多い。

したがって、現在のNTTの光アクセス網をどういう形で分離するにせよ、現在のNTTの株主が正当な権利を継続して保持するようにすれば、決して現在の株主が不利益をこうむることはないはずだ。それどころか、今までの投資を生かし、将来の利益につなげるためには、NTTやその株主にとっても光アクセス網の分離・開放が最良の策ではないだろうか?

2010年4月28日水曜日

「NTTは光アクセス網を開放すべき!」のご紹介

OHM」2010年4月号に掲載された上記の記事が小生の運営するウェブサイトに再録されました。

[概要] 総務省は全世帯にブロードバンドを普及させようとしている。そのためには全世帯に光ケーブルを引く必要がある。それを実現するには、NTTの光アクセス網を分離して他社に開放するのが実際的だ。―――>全文を読む

[追記] 本ブログの「光アクセス網はどうなる?・・・総務省 vs. NTT」(2010/4/29)にその後の状況があります。

2010年4月7日水曜日

「グーグル対中国」の報道への疑問

“google.cn”はどうなった?

本ブログの「グーグルと中国の対決はどこへ?」 (2010/3/13)に、グーグルが今年1月12日に検索結果の自主検閲をやめると発表したことを記した。本件はその後どうなったのだろうか?

一般の報道では、自主検閲をやめるとの意向を表明しただけで、検閲を中止し、天安門事件などにからむ用語の検索結果を表示するようにしたとは伝えられていない。しかし、上記のブログに記したように、3月13日には “google.cn”で “Tank Man”の検索ができたので、少なくとも一時期は自主検閲が撤廃されていたようだ。

その後3月22日に、グーグルは “google.cn”の訪問者を香港のサイト “google.com.hk” にリダイレクトすると発表した。これは中国の法規制に触れることなく、実質的に中国本土から検閲なしで検索ができるようにするものだ。 “google.cn” で直接検索できるようにすると違法行為とみなされ、いくら国際世論のバックアップがあっても、グーグルが処罰される恐れがある。そのため、グーグルは中国本土と法規制が異なる香港にリダイレクトするという手段を取ったのだろう。

これに対し、中国政府がどう対処するかが注目された。Wikipediaの “List of websites blocked in the People’s Republic of China” の履歴によると、 従来ブロックされていなかった “google.cn”がブロックされたと、3月28日に書き換えられた。そして、3月30日には北京や深圳で “google.cn”も “google.com”も使えなくなったとのブログ情報もある。また、4月1日の日経新聞は、「場所や時間によって香港版サイトへ接続できない場合もある」と報じている。

これらの情報から、中国政府は3月末頃 “google.cn”をブロックしたものと思われる。日本では現在でも、“google.cn”は香港サイトにリダイレクトされるが、中国本土ではもはやこのリダイレクトは意味がなくなってしまったようだ。

過去の実態を見ても、中国本土内でのブロックの状況は、場所と時期によってずいぶんバラツキがあるようだ。グーグルは “Mainland China service availability” というウェブページに、各サービスの日々の使用可否の状況を掲載している。これによると3月21日以降、連日ウェブ検索が「使用可」になっている。場所によっては使えたのかも知れないが、情報の精度をもっと上げる必要がある。

全世界のグーグルのサイトに対するアクセスは?

では、全世界に180ある “google.cn”以外のグーグルのサイトへの中国本土からのアクセスはどうなのだろうか? たとえ “google.cn”にアクセスできなくてもこれら外国のサイトへのアクセスができれば、それを使っていくらでも検索ができる。検索対象サイトを、中国語のサイトに絞ることもできるし、また “google.com”の場合は、検索ページの表示に中国語を使うこともできる。

ところが、これらの外国のサイトの中国本土からのアクセスの可否がはっきりしない。前出のWikipediaやブログ情報にも記載がないし、小生が目にした限り、ニュースでも報じられていないようだ。

これらのサイトへのアクセスが可能なら、実質上、中国本土からも自由に検索ができるので、この情報も是非調査して正確に報道してもらいたいものだ。これは外国からインターネットで調査することはできないが、中国各地に特派員を派遣している大きな報道機関にとっては容易に調べられることだ。

自主検閲か、政府によるブロックか?

検索サイト自身がブロックされていて使えないものを別にして、検索できない原因には二通りある。

一つは、検索結果のページに検索対象のページが表示されないものだ。前回のブログに記したように、中国のBaiduで “Tank Man”が検索できないのはこれだ。これは検索サイトの自主検閲による。

もう一つは、検索結果のページには検索されたサイトが表示されるが、それをクリックしてもそのサイトが表示されないものだ。そのサイトが政府機関によってブロックされている場合はこうなる。

ところが、記事を読んだだけでは上記のいずれなのかはっきりしないものが多い。

例えば、前出の4月1日の日経新聞の記事には、「無事に香港版のサービス画面にたどり着いても、中国政府の神経を逆なでするような単語を入力して検索すると『閲覧できません』との結果が表示されるケースが多い」とある。『閲覧できません』と表示するのが検索サイトなのか、検索結果をクリックした後のブラウザなのか不明だ。香港版は自主検閲はしてないはずなので、これは検索されたサイトを中国本土でブロックしているためだと推測されるが、記事だけからはどちらが原因か不明だ。

あまり頭を使わなくても、何が起きているのかはっきり分かるように書いてもらいたいものだ。

2010年3月31日水曜日

「Androidがスマートフォンの市場を席巻!?」のご紹介

「OHM」2010年3月号に掲載された上記の記事が小生の運営するウェブサイトに再録されました。

[概要] グーグルのOSであるAndroidを採用したスマートフォンが続々と登場している。その理由としては、誰でも自由にハードウェアを作れること、OSを自由に変更できることなどがある。スマートフォンの市場でのAndroidのシェアは大きくなると思われるが、Androidにも問題はありそうだ。―――>全文を読む

(注) 本記事は本ブログの「Androidがスマートフォンの市場を席巻!?」(2010/1/6)をベースにしたものです。

2010年3月16日火曜日

ウィルコム再生計画の疑問点


2社に分割して対応

PHSの通信事業者であるウィルコムは、「PHSはどうなる?」 (2009/11/12)に記したように、昨年夏以来経営苦境に陥っていた。そして今年1月には、「ソフトバンクがウィルコムを獲得!?」 (2010/1/18)に記したように、ソフトバンクが支援に乗り出すと一部で報道された。

この3月12日に、ウィルコム、アドバンテッジパートナーズ、ソフトバンクが連名で、ウィルコムの再生計画を正式に発表した。(1) この計画の関係者の調整に当たった企業再生支援機構も、同日、同機構による支援の顛末を発表した。(2)

発表によると、次世代PHS (XGP)は、ソフトバンク、アドバンテッジパートナーズ、その他の企業が出資する新会社に移管することになったという。ウィルコムは現行のPHS事業に専念することになる。

アドバンテッジパートナーズはウィルコムにも出資するが、ソフトバンクはウィルコムには出資しない。つまり、ウィルコムは新会社ともソフトバンクとも資本関係を持たない。

ウィルコムでは従来、現在のPHSの基地局をXGPにも活用するとともに、現PHSのユーザーをXGPで引き継ぐことを計画していた。この従来の計画は、PHSとXGPを資本関係がない別会社が担当することになるとどうなるのだろうか?

PHSのユーザーをどうするつもり?

PHSのユーザーを取りこぼしなくXGPに移行させるには、XGPの展開と歩調を合わせてPHSの新サービスを計画的に縮小する必要がある。また、端末機器やアプリケーション・ソフトのベンダーにも両者の並行サポート期間を経て、順次XGPに力を注いでもらわなければならない。これらのPHS、XGP間の調整は、両者が別会社では極めて困難になる。

企業再生支援機構の発表資料には、「PHS事業については・・・3G MVNO回線(他キャリア回線活用)への切替促進等によって顧客基盤の維持・促進を図る」とある。(2) また、同機構は記者会見で、「XGPなしでもウィルコムが再生できるか?」との質問に対して、「XGPがなければウィルコムは再生しないというわけではない」と答えている。(3)

これらの点から同機構は、現在のPHSのユーザーをXGPに移行させる必要性をあまり感じてないようだ。しかし、他の携帯電話の回線を使ったMVNOでは、PHSの最大の特徴であるマイクロセルのメリットがなくなる。現在、PHSは医療機関などで広く使われているが、これはマイクロセルの特長である電磁波の弱さを生かしたものだ。したがって、他の回線を使ったMVNOでは、現在のPHSの市場を引き継ぐのは困難になる。

XGPはどうなる?

企業再生支援機構は、事業再生計画の説明で、PHS事業について5行にわたって説明した後、XGP事業については、「他方、XGP事業は、スポンサーが出資する新会社に移管する予定である」と1行だけだ。(2)

そして、同機構は記者会見で、XGPの免許を返上するという選択肢が採られなかった理由として、「ソフトバンクの関心が高かった。わざわざ返上するよりも続けてもらう方がいいと考えた」と説明している。(3)

また、同機構がPHS事業の再生上、XGPの必要性を認めてないのは前述の通りだ。

今回の再生計画で、同機構の念頭にあるのはもっぱらPHS事業だ。同機構の立場としては当然かもしれないが、XGPについては免許返上の選択肢もあったと、はなはだ冷淡だ。XGPについてはソフトバンクなどに任せるとのスタンスである。

ではソフトバンクはどうか? 

同社は、今回の再生計画発表の取材に、XGPのサービス開始時期について、「我々だけで決められる話ではない(が、)2011年度ごろには開始したい」と言っている。(4) まだ明確な日程計画は立ってないようだ。

昨年春には、ウィルコムはXGPの商用サービスを2009年10月に開始すると言っていた。これがもし2012年3月になれば、2年半の遅れだ。ソフトバンクはXGPの推進にあまり熱意があるようには見えない。

すでに、北欧では昨年末に第4世代のLTEのサービスが始まり、今年末には日本でもNTTドコモがLTEのサービスを開始する予定だ。2012年には世界のモバイル通信の市場が大きな変化を遂げていると思われる。PHSの後継市場からも期待されなくなった現在、果たしてXGPに出番はあるのだろうか?

ソフトバンクの真の狙いは?

ソフトバンクは、今回の再生計画に乗り出した狙いは「通信基地局展開のスピードアップとコスト削減」だと言っているという。「ウィルコムが現在基地局を設置している場所にソフトバンクモバイルの基地局を設置したい。・・・ウィルコムは日本全国に約16万の基地局を設置しており、この場所を活用して通信エリアを強化したい考えだ」という。(4)

しかし、ソフトバンクの狙いは果たしてこれだけだろうか? ソフトバンクは、前述のように、XGPの推進にはあまり熱意がないように見えるが、XGP用の2.5GHzの周波数帯は喉から手が出るほど欲しいはずだ。同社は2007年にこの周波数帯の免許を総務省に申請したが、選に漏れた。それが今回図らずも手に入るのだ。

同社は、次世代のLTEを含めたサービスの拡大に、この周波数帯を活用したいと考えているのではないだろうか? 

(1) 「ウィルコムの再生支援に関する基本合意書の締結について」、2010年3月12日、ウィルコム、アドバンテッジパートナーズ、ソフトバンク
(2) 「株式会社ウィルコムに対する支援決定について」、2010年3月12日、株式会社企業再生支援機構
(3) 「ウィルコムが会社更生手続き開始、XGP事業は別会社に」、ケータイWatch、2010年3月12日、Impress Watch
(4) 「ソフトバンク、ウィルコム支援の狙いは『通信基地局展開のスピードアップとコスト削減』」、cnet Japan、2010年3月12日、朝日インタラクティブ

[後記]

上記の「同社は、次世代のLTEを含めたサービスの拡大に、この周波数帯を活用したいと考えているのではないだろうか?」との推測は、後日その通りだったことが判明した。「ソフトバンクが中国方式を採用!?」(ブログ、2010/5/3)をご参照下さい。
(12/8/12) 

2010年3月13日土曜日

グーグルと中国の対決はどこへ?

グーグル vs. 中国政府

今年1月12日、グーグルが中国政府に挑戦状をたたきつけた。

グーグルは従来、インターネットの検閲について中国政府の要求を受け入れてきた。具体的には中国での検索サイト “google.cn”の検索結果から、中国政府に指定された反政府活動などの言葉を含むサイトを除外してきた。しかし、昨年12月中旬、中国が発信源のサイバー攻撃を受けたため、今後はこの自主検閲を取りやめるという。そして、場合によっては中国の検索サイトを閉鎖し、北京の事業所も撤収するという。

これは、グーグルおよび中国にとってどういう意味があるのだろうか?

消された “Tank Man”

中国政府が流布されるのを最も忌み嫌っているインターネット情報に、例えば “Tank Man”の映像がある。

1989年6月の天安門事件の際、長安街を進む人民解放軍の戦車の隊列の前に、ただ一人徒手空拳で立ちはだかり、戦車の上によじ登ったりして、長時間にわたって戦車の進行を止めた男がいた。この男が “Tank Man”として世界的に有名になり、その英雄的行動がたたえられている。

この事件の一部始終を外国人記者が撮影した映像が、インターネットで世界中に流されている。

検索サイトの Googleで “Tank Man”を検索すると、約14万のサイトが表示される。米国の “google.com”、日本の “google.co.jp”、フランスの “google.fr”、ドイツの “google.de”など、どのサイトでも、検索に使用する言語が違うため表示される順序は違うが、ほぼ同様の検索結果が表示される。そして現在は、中国の “google.cn”でも同様に14万以上の検索結果が表示される。(3月13日現在)これは今年になってグーグルが自主検閲をやめたためだろう。

ところが、中国で最も利用率が高く、政府の検閲方針に従っているといわれる「百度(Baidu)」の中国の検索サイト “baidu.com”では、 “Tank Man”というキーワードで検索しても関連のあるサイトは1件も表示されない。同じBaiduでも日本の “baidu.jp”では、約1,520件のサイトが表示されるので、Baidu自身が “Tank Man”の情報を持っていないわけではなく、中国のサイトで検索できないのは明らかに自主検閲の結果だ。

実在した “Tank Man”が消されたのかどうかは不明だが、中国国内のインターネットからは消し去られた。

しかし、中国国内の “baidu.com”などで検索できなくしても、国外の検索サイトを使えばいくらでも検索できる。Googleでは国外のサイトでも検索画面の表示に中国語を使えるので、中国のサイトだけ検索できなくするのはほとんど無意味だ。Googleなどがやってきた自主検閲は実はあまり意味がなかったのだ。

本当に検索できなくしようとするなら、国外の検索サイトへの接続を遮断するしかない。

“Great Firewall”の現状

国外の問題サイトは何も検索サイトだけではない。BBC、CNN、New York Timesなどの報道機関のサイトも、チベットの暴動など、しばしば国民に知られたくないニュースを流す。また百科事典のサイトのWikipediaは中国の検閲の状況や人権問題を詳説した記事を掲載している。そして、Facebook、MySpaceなどのソーシャル・ネットワークのサイトはしばしば反政府運動の連絡の道具に使われる。

そのため、これらのサイトは、過去に何度もブロックされたり、一時的にそれが解除されたりしてきた。

「万里の長城(Great Wall)」に対して、これは “Great Firewall”と呼ばれている。両者とも外敵を寄せ付けないための防護壁だ。

今日現在の中国での “Great Firewall”の状況は分からないが、中国で使われている “baidu.com”で検索したところ、上記のサイトはすべて表示される。(3月13日現在)ということは、現在はこれらのサイト自身が中国で閲覧できる可能性が高いと思われる。もし “Great Firewall”によって閲覧できなくなっているのなら、“Tank Man”のサイト同様、検索結果からも除外すべきで、検索結果に残っているのは片手落ちだ。

ただし、過去に何回もブロックしたり、解除したりを繰り返してきたので、 “baidu.com”の対応に混乱があることも考えられる。

いずれにしても、従来中国政府は上記のように、国外の「有害情報」に対して鎖国を続けてきた。しかし、この “Great Firewall”は完璧なのだろうか?

完全な「情断」は不可能!

世界中に検索サイトは多数あり、Googleの検索サイトだけでも各国に対応して180ある。これらを全部ブロックするのは容易ではない。

そして、たとえ検索サイトや報道機関のサイト、著名な人権団体のサイトなどはブロックしても、14万以上ある “Tank Man”のサイトなどをすべてブロックするのは不可能に近い。

その上、これらのサイトをすべてブロックしたとしても、中国国内から国外のサイトを見に行く方法はいくらでもある。企業内ネットワークで国外の事業所とつながっていれば、“Great Firewall”に邪魔されることなく、国外の事業所経由でインターネットに接続できる。また、国外のサイトが、“Great Firewall”で監視されている正面入り口ではない裏口を用意すれば、いくらでもそのサイトに導き入れることができる。

要するに、“.cn”以外のドメインへのアクセスを全面禁止にしない限り、水際作戦での情報の断絶、つまり「情断」は不可能だ。しかし、もしこれを実行したら、現状ではドメイン名が “baidu.com”であるBaiduも中国では使えなくなってしまう。

小生は今から6年前にオーム社の雑誌に「『情断』が通じない世の中に」という記事を書いた。インターネットの使用を全面的に禁止しない限り、情報の国境封鎖は不可能なのだ。

中国政府に反政府運動を押さえなければならない事情があるにしても、その手段として情報鎖国はもはや通用しない。

[追記] 本ブログ「『グーグル対中国』の報道への疑問」 (2010/4/7) にその後の本件についての報道に対する疑問点の指摘があります。

2010年3月4日木曜日

中国の携帯電話事情:雲南省の山村と第4世代の携帯電話

雲南省の山村で

先日、ケーブルテレビのディスカバリー・チャネルで「中国・5億人の携帯電話事情」という番組を見て、驚いたことが二つある。

一つは、携帯電話が雲南省の山村の夫婦の生活に大変化をもたらしたという話だ。彼らは険しい山に入って薬草を採取し、それを売って生活している。今までは仲買人の言い値で売るしかなかったが、最近は携帯電話で市場価格を聞くことができるようになったので、仲買人の言いなりにならずに済むようになったという。

従来これができなかったということは、この地方では固定電話が使えなかったのだろう。中国政府の発表によると、2009年末の中国の固定電話の契約者数は3億1,000万人ということなので、13億人という総人口を考えると、農村地帯には固定電話が使えないところが多いようだ。

そして固定電話は、2006年の3億6,800万人をピークに減少を続けていて、昨年も2,700万人減ったという。ということは、現在固定電話がないところに今後固定電話が引かれることは少なく、こういうところでは永久に固定電話が使えない可能性がある。

こういう地方では電話といえば携帯電話を指すことになる。昨年末の携帯電話の契約者数は全中国で7億5,000万人ということなので、固定電話の2.4倍だ。この比率は今後ますます大きくなるだろう。

この番組には、大勢で山の上に通信機器を担ぎ上げてケーブルを敷設し基地局を建設している場面があった。人海戦術が得意な国とはいえ大変な作業だ。基地局と基幹回線を無線で接続する技術(無線バックホール)のニーズの高さを感じた。

街を走り回る「TD-LTE」と大書したクルマ

もう一つ驚いたのは、「TD-LTE」とボディーに大書したクルマが街を走り回っているところが何回か映し出されたことだ。TD-LTEというのはLTEという第4世代(日本では第3.9世代とも言う)の携帯電話の国際標準規格の中国版である。

LTEは昨年末に北欧で世界初のサービスが始まったばかりで、それに続いて日本のNTTドコモが今年12月にサービスを開始する予定である。世界中でサービスが広まるのは2011年以降だ。まして中国では第3世代の携帯電話のサービスが2009年に始まったばかりだ。

中国最大の携帯電話事業者である中国移動の今年1月末の第3世代の契約者数は390万人で、全契約者5億2,700万人の0.7%に過ぎない。現在はまだ第2世代が圧倒的に多く、第3世代が主流になるには相当な時間がかかるだろう。

こういう時期に第4世代を匂わせれば、第3世代への切り替えをやめて第4世代の出現を待とうという顧客が現れるため、第4世代については積極的にPRしないのが普通だ。それにもかかわらず「TD-LTE」と大書したクルマを走り回らせているのはなぜだろうか?

中国では三つの通信事業者がそれぞれ違う方式の第3世代の携帯電話のサービスを提供している。中国移動がTD-SCDMA、中国聯通がW-CDMA、中国電信がCDMA2000だ。

このうちW-CDMAとCDMA2000は国際標準で世界中の携帯端末メーカーが端末を販売していて実績も豊富だ。しかし、TD-SCDMAは中国独自規格で昨年サービスが始まったばかりであり、端末の種類も少ない。そのため、中国移動は現在不利な戦いを強いられている。

他の国では第3世代でW-CDMA、CDMA2000を採用している事業者とも第4世代ではほとんどLTEに移行する。そのため、中国移動は早く第4世代に移ることを望んでいる可能性がある。それは、中国では第4世代で3社ともLTEの中国版であるTD-LTEを採用するように働きかけて、3社の競争条件を同じにすることが考えられるからだ。

これは、中国独自規格の採用によってロイヤルティの海外流出を極力抑えたいという中国政府の意向とも合致する。

もう一つ考えられる可能性は、中国では第3世代のサービス開始が遅れたので、第3世代の設備を第4世代になってもできるだけ使えるようにするために、第4世代の計画も並行して進めようとしていることである。

また、雲南省の山村の例のように、山岳地帯や人口密度が低い地方では基地局建設の負担が大変なので、通信距離が長く基地局の数を減らすことができる第4世代に早く切り替えたいということもあるかもしれない。

もっとも、このクルマを走り回らせているのは、実は中国移動自身ではなく、中国移動にTD-LTEの通信機器を売り込もうとしている企業かもしれない。それは、たとえ中国移動がTD-LTEの導入を急いでいるにしても、TD-LTEを一般大衆にPRするニーズはまだないと思われるが、中国移動に対するTD-LTEの通信機器の売り込み競争はすでに始まっていると思われるからだ。

[関連記事]
「IT界の異端児、中国!?」、OHM、2009年8月号、オーム社

2010年2月28日日曜日

「電子申請に真摯な反省を!」のご紹介

「OHM」2010年2月号に掲載された上記の記事が小生の運営するウェブサイトに再録されました。

[概要] 税金の申告や各種申請手続きをインターネットで行う「電子申請」の利用率は極端に低く、利用率1%未満のものが2割弱もあるという。それにもかかわらず、このシステムの構築には2,300億円以上が投じられたとのことだ。その原因は何か? ―――>全文を読む

(注) 本記事は本ブログの下記2件をベースにしてまとめたものです。
  「電子申請の無残な実態」(2009年11月9日)
  「『中央から地方へ』の落とし穴に落ちた電子申請」(2009年12月2日)

2010年2月7日日曜日

鎖国国家だらけの電子書籍

電子書籍がついに離陸!?

電子書籍(Eブック)の市場は、歴史がかなり古い割にはなかなか本格的に離陸しなかった。

その理由を「『Eブック』が離陸しないのはなぜか?」(「OHM」2009年3月号)、「続・『Eブック』が離陸しないのはなぜか?」(同4月号)に書いた。そこには、最大の問題は電子書籍のファイル形式に事実上の標準が決まってないことであり、その他の問題として、適切な電子書籍のリーダーが足りないこと、読める本が少なすぎることなどがあると記した。

このように書いた直後に、アマゾンやソニーからこれらの問題の解消に向かう製品やサービスが発表されたため、引き続いて「Eブックがついに離陸?」(同5月号)を執筆した。

その後も、電子書籍関係のニュースが新聞紙面を賑わせている。今のところ主として米国の話だが、近い将来日本にもこの波は伝わってくると思うので、最近の米国の状況を見てみよう。

電子書籍が本格的な成長期に入る?

米国最大の書店であるバーンズ・アンド・ノーブル(B&N)が昨年10月に “Nook(ヌック)”という電子書籍のリーダーを発売した。そして、今年1月にはアップルが電子書籍も読める新端末 “iPad”を発表した。両者ともEPUBというファイル形式の電子書籍を扱う。また、従来から電子書籍に参入していたソニーは、今後自社独自のファイル形式の使用をやめEPUBに統一すると発表した。

このように、従来最大の障害であったファイル形式の不統一の問題は、一見解消に向かっているように見える。

新しい電子書籍のリーダーとしては、アマゾンが昨年5月に、“Kindle DX”という、画面サイズを従来の6インチから9.7インチに広げたものを発売した。また、ソニーも昨年8月、“Daily Edition”という画面を7インチに広げ、第3世代の携帯電話回線を使えるようにした新しいリーダーを発表した。そして今年1月にアップルが発表したiPadは、他社が使っているEインクと違って9.7インチの液晶の画面を使い、電子書籍を読むだけでなく、ウェブの閲覧なども目的にした汎用的な端末だ。

このように、リーダーの市場での競争が激しくなって低価格化、多機能化が進み、また、ユーザーの選択肢も増えた。こうして、電子書籍普及の障害の一つだったリーダーの品揃えの不足も解消しつつあるように見える。

では、これらの問題は本当に解決し、電子書籍は本格的な成長期を迎えるのだろうか? 

実際はいまだに鎖国国家だらけ!

昨年最も売れたというアマゾンのKindleは独自のファイル形式を使っていって、EPUBなどの電子書籍を直接読むことはできない。またKindle用の電子書籍は、iPhone、BlackBerryなど一部を除いて、他社の端末では読めない。

ソニー、B&N、アップルの電子書籍のファイル形式はいずれもEPUBだ。しかし、これらの電子書籍のDRM(Digital Rights Management:ディジタル著作権管理)がすべて違うため、基本的には他社のリーダーでは読めない。これらの電子書籍のうちソニーのものはアドビという第三者のDRMを使っていて、変換すればB&NのNookで読めたという情報がインターネットのフォーラムに掲載されているが、手順が複雑で、一般にどれだけ通用するか不明だ。また同様なことがiPadについてできるのかどうかは分からない。

したがって、電子書籍とそのリーダーの関係について、アマゾン、ソニー、B&N、アップルはそれぞれ隔離された鎖国国家を形成していて、少なくとも簡単には、どこのリーダーでも他社の電子書籍を読むことはできない。

そのため、最近EPUBを採用する電子書籍が増え、ファイル形式の不統一の問題は解消に向かっているといっても、実用上はほとんど改善されていない。また、リーダーの選択肢が増えたといっても、あくまで一つのメーカーの製品内での話だ。

メーカーごとに、電子書籍とリーダーが括り付けになっていて他社のものが使えないのは、レコード会社ごとにCDの規格が違っていて、レコード会社の数だけCDプレーヤを揃えないとそのレコード会社のCDを聴くことができないのと同じだと前掲の記事に書いた。昨年来、米国で電子書籍の売上が急増したと言っても、電子書籍の根本的な問題が解決したわけではない。したがって、現状のままではその普及には限界があるだろう。

「オープン」な電子書籍の市場の実現を!

電子書籍の市場の望ましい姿は、どこの電子書籍を買っても現在手持ちのリーダーで読め、またどこのリーダーを買っても現在持っている電子書籍を読めることだ。現在のCDとCDプレーヤの関係を考えればこれは当たり前のことである。では、どうしたらこういう世界が実現できるのだろうか? 歴史を振り返れば、圧倒的に強い企業または企業連合が現れ、他の企業がそれに従うのが最も普通の姿だ。カセットテープも、CDも、パソコンもそうだった。その過程では弱肉強食の熾烈な戦いが一時期続いたこともある。VHS対ベータ、ブルーレイ対HD DVDなどだ。

電子書籍も同じような道を歩むことになるだろう。しかし、弱肉強食といっても、より仲間作りがうまかった方、より「オープン」な戦略をとった方が最後に標準になった例が多い。パソコンでのIBM、フラッシュメモリでのSD陣営などだ。したがって、電子書籍の企業のトップも、生き残りたいならオープン志向を目指すべきだ。

それには、まずファイル形式としてはEPUBを選ぶことだ。直ちにEPUBに一本化できなくても、少なくともリーダーはEPUBの電子書籍も読めるようにする必要がある。

そして、DRMはない方がいい。しかし、これには著作権者や出版社の理解が必要で、簡単にはいかないかもしれない。そのため、DRMがどうしても必要なら、それを適切な条件で他社にも提供するべきだ。

アップルのスティーブ・ジョブズCEOは、「音楽配信がオープンに!?」(「OHM」2007年7月号)に記したように、レコード会社を説得してiTunes Storeで配信する楽曲ファイルについてDRMをやめた。同様に、電子書籍についてもDRMをやめるか、他社にもその使用を許諾する英断を同氏に期待したい。それが、後発だが電子書籍の盟主になれる道ではなかろうか?

2010年1月29日金曜日

「これでいいのか、次世代スーパーコンピュータ?」のご紹介

「OHM」2010年1月号に掲載された上記の記事が、小生が運営するウェブサイトに再録されました。

[概要] 「次世代スーパーコンピュータ」は「事業仕分け」で計画を見直すことになったが、この計画の本質的な問題は何か? 第1に、技術的に世界の潮流からはずれていること、第2に、世界一を目指すには目標性能が低すぎることだ。―――>全文を読む

なお、本稿執筆後の状況について本ブログに下記の記事があります。一部内容が重複しますが、合わせてお読み頂ければ幸いです。

「『議論の仕分け』が必要な『次世代スーパーコンピュータ』」 (2009/12/5)

「『次世代スーパーコンピュータ』の予算は復活したが・・・」 (2009/12/20)

2010年1月26日火曜日

電子書籍に備えて出版社が大同団結!

出版社21社が団結!

1月13日の朝日新聞によると、日本の大手出版社21社が「日本電子書籍出版社協会」(仮称)という組織を2月に発足させるという。米国でアマゾンの電子書籍用端末「キンドル」が人気を博しているので、その日本語版が日本に上陸する事態に備えて、電子書籍に関連する権利を確保しておくのが目的だという。黒船が来航する前にお台場を築いておこうということのようだ。また本協会は、電子書籍のデータ・フォーマットに関する規格の制定や著作者との契約のモデル作りなども進めるという。

本協会は今後の電子書籍に対してどういう意味を持つのだろうか?

出版社の危機意識は?

同紙によれば、大手出版社幹部が、「アマゾンが著作者に直接交渉して電子書籍市場の出版権を得れば、その作品を最初に本として刊行した出版社は何もできない」と言っているという。

その背景には日本の著作権法がある。日本の著作権法上の「出版」は、印刷物などの物理媒体としての複製に限られ、データとして配信すること、つまり電子書籍として出版することは含まないと解釈されている。そのため、たとえ著作者が出版社に「出版権」を与えても、出版社はそれだけでは電子書籍として出版できず、また、著作者はその著作物を自由に他の業者を通じて電子書籍として出版できる。

出版物に対する出版社の編集者の関与の度合いは、日本語表記をその出版社の標準的表記法に合わせる程度から、ゴーストライターに近いものまで千差万別だが、程度の差はあっても、最終的な出版物は著作者と編集者の共同の成果物だ。

したがって、編集者による編集作業を経た著作物を、著作者が勝手に他の業者を通じて電子出版し、元の出版社は何の分け前にも預かれなければ、元の出版社はたまったものではない。そのため、上記のような出版社の危機感にも一理ある。

電子書籍のメリットは?

ウェブの出現によって、個人が容易に自分の著作物をウェブ上で出版できるようになった。取りとめのない個人の日記の類から、読みごたえのある文学作品や評論までさまざまだが、個人の著作物が多数ウェブで公開されている。

このように、ウェブで公開すること自体は比較的容易だが、それをウェブ上の流通機構に乗せて有料で販売するには、それなりの仕組みが必要だ。そのため、ウェブ上の「自費出版社」のようなものが過去にも多数あった。

最近では、例えばアマゾンは、「ディジタル・テキスト・プラットフォーム」という、電子書籍を自費出版する仕組みを用意している。これを使えば、HTMLなどのフォーマットで自分の著作物をインターネットでアマゾンに送れば、電子書籍としてアマゾンの販売ルートに乗せてくれる。販売価格は著作者が自由に決めることができ、売れると、その35% (下記[追記]参照)を著作者が受け取り、残りの65%をアマゾンが取る。著作者の取り分は、出版社が発行する書籍の場合より遙かに多い。

そして、電子書籍の場合は、紙、印刷、製本、運送、倉庫の費用や金利負担などが不要なので、その分販売価格を安くできる。

このように、著作者にとっては印刷物の本より高い収入を得られ、読者にとっては本が安く手に入るのが電子書籍のメリットだ。したがって、これらのメリットを生かし、かつ出版社の正当な権利も保証する方法を確立する必要がある。

出版社にも分け前を!

まず、著作権法で電子書籍の扱いを明確にする必要がある。その上で、個々の出版権の設定の契約に当たって、著作者と出版社の間で電子書籍の出版の扱いを具体的に取り決めることになるだろう。

その際、前記のように、最終的な著作物は著作者と編集者の共同の成果物なので、出版社にも編集者の貢献度に応じた権利が認められるべきだ。また、出版社は、著作物のディジタル・データを所有していることが多く、電子書籍としての刊行にはそのディジタル・データを使うのが合理的なので、ディジタル・データについても出版社の権利が認められるべきだ。

出版権の契約に当たっては、電子書籍について出版社がこれらの正当な権利に対する対価を得ることを認め、電子書籍のロイヤルティを著作者と出版社の間で適正に按分する方法を取り決めておくべきだ。今回設立される組織がこういった契約方法のモデル作りを進めるなら、非常に有意義なことだと思う。

電子書籍の許諾権は著作者に!

朝日新聞の記事に、「電子書籍は、21社がそれぞれの著作者から許諾を取ったうえで、販売業者のサイト(ネット書店)にデジタルデータとして売る」という記述がある。つまり、出版社が電子書籍化の権利を全面的に確保するというのだ。これが今回の組織の関係者の意見なのか、記者の憶測なのかはっきりしないが、もしこのようになると電子書籍の市場は全面的に従来の出版社に押さえられてしまう。

そうなれば、著作者と電子書籍の販売業者の間で出版社による中間搾取が行われ、電子書籍のメリットである、著作者の取り分の増大、本の価格の低減が失われてしまう恐れがある。これは、電子書籍の市場の健全な発展を妨げることになる。

そのため、出版物の電子書籍としての二次利用の許諾権はあくまで原著作者が持つようにすべきだと思う。出版社が二次利用に際して応分の対価を受け取るのはよいが、出版社に二次利用を許諾したり、あるいは拒否したりする権利を持たせるべきではない。

著作権者は、必要があれば組織を結成して、こういう動きに対抗する必要があるのではないだろうか?

[追記] (2010/1/31) 2010年1月20日にアマゾンは著作者(及び出版社)の取り分を、一定の条件の下に70%に引き上げると発表した。これは電子書籍も扱えるアップルの新携帯端末(1月27日に"iPad"として発表された)に対抗するためと報道された。

2010年1月18日月曜日

ソフトバンクがウィルコムを獲得!?

ウィルコムにソフトバンクが出資?

PHSの通信事業者であるウィルコムの経営が苦境に陥っていることは、昨年11月12日の本ブログ「PHSはどうなる?」に記した。1月15日の日経新聞によれば、このウィルコムが日本航空と同様、企業再生支援機構を利用する方向で最終調整に入ったという。

同紙によれば、本機構の他、ソフトバンクと投資ファンドのアドバンテッジパートナーズが出資を検討中という。そして、ウィルコムの現在の出資者はカーライル・グループが60%、京セラが30%、KDDIが10%だが、報道によれば100%減資の方向だという。そうなれば、今後の通信事業の実質的な推進役はソフトバンクだけになる。

ソフトバンクは即日、本記事は報道機関の憶測に基づくもので、同社による発表ではないと表明した。そのため、本記事の信憑性は不明だが、仮に本当だとすると、これはソフトバンクにとってどういう意味があるのだろうか? 大きなメリットを二つ挙げよう。

加入者数が2割増!

電気通信事業者協会の統計によると、昨年12月末の加入者は、NTTドコモが5,540万人、KDDIが3,140万人、ソフトバンクが2,170万人である。同じ土俵で戦っていくには、少なくともトップの半分以上の加入者が欲しいところだが、現在ソフトバンクの加入者はドコモの加入者の4割にも満たない。これでは平等な競争は厳しい。

もしソフトバンクがウィルコムの加入者の430万人を獲得すると合計2,600万人になり、まだドコモの半分には手が届かないが、今後のシェア向上の大きな足がかりになる。

2.5GHz帯の免許を獲得!

日本では2007年に、総務省による2.5GHz帯の電波の免許の交付があり、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクのそれぞれが関係する3グループとウィルコムの4事業者が申請した。同年12月にその選定結果が発表され、KDDIのグループとウィルコムが免許を取得し、ドコモとソフトバンクのグループは選に漏れた。

この選定の問題については「OHM」2008年3月号の「ガラパゴス脱出なるか?・・・次世代PHS」に記したが、総務省が次世代PHSを担いだウィルコムを選定したことの妥当性には疑問があった。

ところが今回の出資によってソフトバンクは、2007年に獲得できなかった2.5GHz帯の免許を実質的に獲得することになる。これは今後高速サービスを拡大する上で非常にメリットになる。

次世代PHSをどうする?

ウィルコムの総資産は約2,000億円、有利子負債は約1,300億円である。そして現再建計画では100%減資を検討中といわれ、また、銀行からの借入金935億円に対する債権の一部放棄を銀行団と調整中だといわれる。したがって、今回の出資者には、上記のようなメリットとともに、700億円を超える資産がまるまる手に入ることになる。ここまでは非常においしい話だ。

問題は現在のPHSの加入者を引きつぐ新しい通信システムの構築費用だ。しかし、ウィルコムが進めつつあった次世代PHSの事業見通しが確かならカーライル・グループ他、出資者はいくらでもいたはずだ。ウィルコムが現時点で財務的に破綻したわけでもないのに事業再生ADRや企業再生支援機構に頼ることになったのは、この次世代PHSの将来性を信じる人がいなくなったためと思われる。

こういう新技術は、何が何でも自主技術だという狂信的信者集団がいてはじめてものになる。ウィルコムの現役員の大半は退陣するというので、もはやこの次世代PHSプロジェクトの続行は困難になるのではなかろうか? ではソフトバンクはどうするつもりだろうか?

ソフトバンクは現在第3世代のHSDPAのサービスを提供中で、2011年にDC-HSDPA(最大42Mbps)のサービス提供を経て、その後、時期は未定だが、第4世代のLTEに移行の予定だという。同社は、これらとは別に、2007年の2.5GHz帯に対する申請ではWiMAXを提案した。

しかし、当時から3年経ち通信の市場環境も変わった。昨年末にはスウェーデンのストックホルムやノルウェイのオスロでLTEの公衆サービスが始まった。そして今年の12月にはNTTドコモがLTEのサービスを開始する予定である。2011年には世界中の多くの通信事業者がLTEを採用することになりそうだ。

そして、筆者が「OHM」2008年8月号の「WiMAXとLTEが合流?」に記したように、将来はWiMAXがLTEに合流する可能性もある。

このような状況から、ソフトバンクは次世代PHSの事業計画をLTEに切り替え、現在のPHSの加入者を順次HSDPA、DC-HSDPA、LTEで取り込んでいくことも考えられる。

もしそうなれば、ウィルコムに交付された2.5GHzの帯域が生かされ、かつ、PHSの加入者が路頭に迷うこともない。PHSの生みの親である総務省としては、次世代PHSはうまくいかなくても最悪の事態は免れることができ、まずはやれやれということになるのではなかろうか?

2010年1月6日水曜日

Androidがスマートフォンの市場を席巻!?

スマートフォンのシェアの推移は?

携帯電話の市場が伸び悩んでいる中で、勢いがいいのはスマートフォンだ。そして、そのスマートフォンの市場は、昨年11月の本ブログ「『いつか来た道』のその後」にも記したように、少数のOSによって寡占されている。

Canalysの統計によると、2009年第3四半期のOS別の台数シェアは、Symbianが46%、BlackBerryが21%、iPhoneが18%、Windows Mobileが8.8%、Androidが3.5%だという。これら5 OSで97%強を占め、その他は3%弱に過ぎない。(1)

では、これらのOSのシェアは今後どうなるのだろうか? まず、最近の推移を見てみよう。

現状ではSymbianが圧倒的なシェアを占めている。しかし、上記統計によると、2年前の2007年第3四半期のSymbianのシェアは68%で、Symbianはこの2年間にシェアを22ポイント落とした。

では、この間にSymbianの市場を奪ったのはどこか? 最もシェアを伸ばしたのはiPhoneで、この2年間にシェアを3%から18%へと15ポイント増やした。そして1年前にAndroidが戦列に加わり、この1年で3.5%のシェアを獲得した。このAndroidのシェアが今後どうなるかが、当面の注目の的だ。そこで、Android陣営の状況を見てみよう。

Android陣営に続々と参入

Androidは 2007年11月にグーグルによって発表され、2008年9月には、そのアプリケーション・ソフトの開発ツールがリリースされた。同年10月にはAndroid Marketという、Androidのアプリケーション・ソフトの流通市場もオープンした。

Androidのスマートフォンのトップバッターは台湾のHTCによるDreamで、2008年10月から順次世界各国で発売された。そして、日本でも、その後継機のNTTドコモ版であるHT-03Aが2009年7月に発売された。

2009年には、6月にサムスンがI7500を発売し、10月から12月にかけて、モトローラ、LG、デル、エイサーが発売した。また、ソニー・エリクソン、シャープ、NEC、パナソニックなども製品を発表したり、検討中と表明したりしている。

これらのメーカーの中には、デルのようにAndroidではじめてスマートフォンの市場に参入するところもあり、また、モトローラやエイサーのように、Windows Mobileのスマートフォンを止めてAndroidに切り替えるところもある。

携帯電話機の大メーカーでAndroidの採用を表明してないのは、スマートフォン用OSであるSymbianを自社で持っているノキアだけだ。ノキアも、2009年6月にイギリスのガーディアン紙によって、業界筋の情報によればAndroidのスマートフォンを開発中と報じられた。ノキアは直ちにこれを否定したが、経営の選択肢の一つとしてAndroidの採用を検討している可能性は十分考えられる。

では、なぜこのように多くのメーカーがAndroidを使ったスマートフォンの市場への参入を図っているのだろうか?

なぜAndroidか?

まず、iPhone OSは「クローズド」で、それを使うハードウェアはアップルしか作れない。一方、Androidは「オープン」で、誰でもハードウェアを開発・販売できる。

クローズドな世界だとハードウェアの種類が限られるのに対して、オープンな世界ではユーザーの多種多様なニーズに対応した製品が出現し、それがシェアの拡大につながる。そして、それがまた新企業の参入を促し、シェアの拡大再生産が実現する。これはパソコンの世界でのクローズドなMac OSとオープンなWindowsでも同じだった。技術的にはMac OSの方が先行していて、優れている点が多かったが、ビジネス上Windowsに勝てなかったのはこのためだ。

Androidを採用するスマートフォンには、4インチの大型ディスプレイを特長とするもの、8メガピクセル以上のカメラを持つもの、11mm台の薄さを誇っているもの、GSM系の回線で使えるもの、CDMA系の回線で使えるものなどある。非常にバラエティに富んでいて、ユーザーの選択肢が多い。アップル1社によるiPhoneはとても太刀打ちできない。

ハードウェアとの関係がオープンなのはWindows Mobileなども同じだ。しかし、AndroidはWindows Mobileなどと違い、OSがオープンソースで、ユーザーが自由に変更できる。そのため、例えば特定の業種や業務向けのスマートフォンを作ることもでき、また、また特定の大企業向けに仕立てることもできる。そのため、アプリケーション・インターフェースが限定されているWindows Mobileなどよりビジネス向けには適している。

また、スマートフォン用プラットフォームとして重要な仕掛けに、アプリケーション・ソフトの流通機構がある。iPhone用のiPhone Storeは2008年7月に開店し、Android用のAndroid Marketは2008年10月にオープンした。すでに、10万のiPhone用アプリケーション、2万のAndroid用アプリケーションがこれらの市場で流通している。質が悪いものが数だけ多くても意味がないが、中国がオリンピックで強いのは、やはり13億人の人口が選手層を下から支えているからだろう。

一方、Windows Mobile用の流通機構であるWindows Marketplace for Mobileが開店したのは2009年10月だ。マイクロソフトはこの点で1年以上遅れた。

そしてWindows Mobileは、次世代のスマートフォンの操作の基本になると思われるマルチタッチ・スクリーンをまだサポートしてない。また、スマートフォンのメーカーにとっては、Androidが無料であることももちろん重要な点だ。

これらの理由から、各社がAndroidへと走っているのだろう。では、Androidに問題はないのだろうか?

Androidの問題は?

一つの問題は、オープンソースで自由に改変できるために、相互に通用しない「方言」を含んだAndroidが多数できる恐れがあることだ。特定の業種や業務向けに変更できる強み、スマートフォンのメーカーが自社の特長を発揮するために変更できる強みが、逆に弱みにもなり得る。必要な「方言」は結構だが、「標準語」を使うべき分野にまで侵食し、お互いに話ができなくなったらどうしようもない。方言の適用範囲を機器メーカーが自主的に厳しく規制する必要がある。これはWindowsなどのプロプライエタリなOSにはない問題だ。

もう一つの問題は、Androidに限らず、グーグルのOSが何ごともウェブで処理しようという、今風に言えばクラウド指向のOSだということだ。コンピュータのデータ処理がすべてウェブになるわけではない。スマートフォンでのデータ処理は大半がウェブでも片付くかもしれないが、やはりローカルに処理をした方が合理的なものもあるのではなかろうか?

このようにAndroidにも問題があるが、現在のところAndroidが最も有利なポジションにあると思われる。ただ、OSの世界の勝敗が理屈通りにならないことはパソコンの歴史が示しているので、今後の見通しは予断を許さない。

(1) “Canalys Q3 2009: IPhone, RIM taking over smartphone market”, AppleInsider, November 3, 2009