2015年3月9日月曜日

どうにも止まらない!・・・リアル書店での電子書籍販売


書店に電子書籍販売コーナー

本年2月27日の日本経済新聞は、国内の書店や出版社100社超が電子書籍の共同販売に乗り出すと報じた。電子書籍を販売する専用コーナーを各書店の店頭に設けて需要を喚起するという。

専用コーナーには電子書籍のカードが陳列してあり、客は読みたいものを選んでレジで代金を払う。カードを購入した客は、カードに記載されているダウンロード用コードをスマートフォンなどに入力して電子書籍をダウンロードする。

インターネットの電子書店で電子書籍を買うにはクレジットカードが要るが、書店なら現金で買えるので、クレジットカードを使わない人でも買えるのがメリットだという。

しかし、電子書籍はインターネット上で流通しているコンテンツで、いつでも、どこからでも、読みたい本を指定すれば瞬時に入手できる。それなのに、わざわざ書店に出かけ、ダウンロード用コードを入力する必要がある方法を選ぶ人は果たしてどれだけいるだろうか?

裏で糸を引く経産省

この日経新聞の記事は報じていないが、オーム社の「OHM」2014年3月号に記したように、このプロジェクはもともと経産省が始めたものだ(1)。

2010年の補正予算で、経産省の「書籍等デジタル化推進事業」に2億円の予算が付き、この事業をいくつかのテーマに分割して、それらを推進する事業者を2011年2月3日に公募した(2)。その時のテーマの一つが「書店を通じた電子出版と紙の出版物のシナジー効果の発揮」で、これに対する日本出版インフラセンター(JPO)の応募が採用された。こうしてこのテーマが4,900万円の予算でJPOに委託された。

この公募期間は2011年2月3日から3月4日という、公募の発表から1か月間の短日程だった。急遽補正予算が決まったので、公募する側にも、応募する側にも、十分に検討する時間がなかったと思われる。実際には、この2億円の補正予算は全額2011年度に繰り越されて施行された。

 JPOは2011年9月にウェブを使って電子書籍に関する消費者の意向を調査した。その結果から、書店の店頭での電子書籍の販売は電子書籍の普及と書店の活性化に有効だと判断した(3)。この調査や判断にも問題があったが、前記の記事に記したのでここでは省略する(1)。

この事業は、2012年度にはJPOが推進元になる「フューチャー・ブックストア・フォーラム」に引き継がれた。

2013年12月には、JPOが中心になって「電子書籍販売推進コンソーシアム」が設立された。このコンソーシアムには、三省堂、紀伊国屋、有隣堂などの書店、トーハン、日本出版販売などの取次会社、ソニー、楽天などの電子出版企業など13社が参加した。そして、2014年6月から2015年2月にかけて、三省堂(神田)、有隣堂(秋葉原)などの4書店で、楽天KoboとBookLive!の二つの電子書籍について実証事業を実施した(4)。

この実証事業の結果、書店での電子書籍販売は有効と判断され、2015年3月から本格的に事業化することになった。当初の3か月間は、2015年2月までの実証事業に参加した4リアル書店と2電子書店で実施し、以後参加企業を増やす予定という(5)。 

盗人にも三分の理? 

この実証事業の結果に基づいた判断は果たして妥当だったのだろうか? 実証事業の結果の詳細が本年3月2日に発表されたので見てみよう(6)。

2014年6月16日から11月21日までの約5か月間に、4書店で合計1,358冊の電子書籍が売れたという。これは平均して1書店で月当たり約68冊売れたことになる。つまり平均して1日2冊強で、非常に少なかったようだ。

この数字から、全国の書店で電子書籍を扱うようになり、その認知度も上がった時の売れ行きを推定することはかなり難しい。しかし多少乱暴でもいいからそれを推定することが事業計画の是非を判断するためには必須で、実証事業の最大の目的だと思う。この点について全く言及がないことはどうしてだろうか?

実証事業では、一般の電子書店とは逆で、コミックより(その他の)書籍の購入者の方が多かったという。そのため、書店での電子書籍の販売は「新規顧客開拓の場として期待される」と言う。しかし、これは電子書籍に既になじんでいるコミックの読者の若者が、書店で電子書籍を買ったりしなかったというだけのことではないのだろうか? そうだとすれば、コミック以外の書籍の読者も、電子書籍になじめば、書店には来なくなるかもしれない。

また、書店での電子書籍の購入者は高年齢の人が多かったことを踏まえて、書店での電子書籍の販売は「新たな顧客の獲得に繋がる」と言う。しかし、今後は高年齢者もどんどん「新たな客」ではなくなってゆき、「新たな客」でなくなった高年齢者は書店で電子書籍を買うとは限らない。

そして、書店での電子書籍購入のメリットとして、クレジットカードが不要なこと、ギフトに使えることを挙げている。しかし、クレジットカードを敬遠するのは第2次大戦前に社会に出た人が主で、現在はもう少ないと思われ、こういう少数の利用者を当てにしたビジネスは考えられないように思う。また、アマゾンの電子書籍などもギフトに使えるので、必ずしも電子書籍用カードを贈る必要はない。

どうもこの実証事業の結果の判断は「初めに結論ありき」の感が強い。世の中の実証実験などと称するものの大半は、望ましい結論についての理由付けだが、この「実証事業」に基づく理由付けははなはだ説得力に欠けるようだ。

昔から「盗人にも三分の理」といわれ、どんな間違ったことにでも理屈は付けられるものだ。細かい理屈に惑わされずに、大局的見地から是非を判断することが重要である。

氷屋や炭屋は街から消えた 

そもそもこのプロジェクトは、どんどん減少しつつある書店の活性化を目的にしたものだ。そうだとすると、電子書籍の普及だけが問題なのではなく、インターネットのショッピングサイトでの(印刷物の)書籍の販売も大きな問題だ。アマゾンのサイトで書籍を購入すれば、1~2日で送料無料で自宅に本が届く。小生はもうほとんど本屋に行かなくなった。電子書籍を利用しない人にとっても、書店の必要性は激減している。

 技術の進歩で必要がなくなり、街から消えた店は多い。電気冷蔵庫の普及で氷屋がなくなり、暖房器具の進歩で火鉢が使われなくなり、炭屋が姿を消した。もちろんオンザロックには氷が要るし、バーベキューには木炭を使うので、氷や木炭を売る店が皆無になったわけではない。しかし、昔のようにどこの街にも必ずあるというものではなくなった。

また近年は、音楽のインターネットでのダウンロードが普及したため、街のレコード店が激減した。

これらの店と同様に、書籍のインターネットショッピングや電子書籍のダウンロードが普及すれば、街の書店が減るのは自然な成り行きだ。この流れを政治の力で止めようというのは、減りつつある氷屋や炭屋にカネをつぎ込んで活性化を図ろうとするのと同じで、税金の無駄遣い以外の何物でもない。

印刷物の書籍の制作・流通に関連した仕事で食べている人たちの救済は、別の方法で考える必要がある。

安倍内閣が第三の矢で、産業構造の転換をいくら声高に謳っても、一方でこのように産業構造の変化にブレーキをかけたのでは、いつまで経っても日本経済の進展は期待できない。

どうにも止まらない!

このプロジェクトが始まったのは2011年2月で、すでに4年経っている。2012年には、日本でもアマゾンや楽天Koboの電子書籍が現れ、この4年間に日本の電子書籍の市場は激変した。そのためもあって、このプロジェクトの成功の確証がなかなか得られず、最終判断までに時間を要したのだろうが、いくらなんでも時間のかけすぎだ。

そして、この間に何回もアンケート調査や実証実験を繰り返しているが、結論はほとんど変わっていない。これらの調査が、同じ結論を得るための理由付けであることを考えれば、これは当たり前のことだ。

本プロジェクトに2012年以降経産省がどう関係したのか分からないが、「第五世代コンピュータ」はじめ経産省のプロジェクトには、途中で状況が変わり問題点が指摘されても、当初の計画通り推進され続けたプロジェクトは多い。

山本リンダの歌ではないが、いったん始めると「どうにも止まらない」のが政府のプロジェクトだ。

[関連記事]

(1) 酒井 寿紀、「「リアル書店」で電子書籍を販売!」、OHM、2014年3月号、オーム社

(2) 「平成22年度書籍等デジタル化推進事業に係る委託先の提案公募について」、平成23年2月3日、経済産業省 商務情報政策局

(3) 「電子出版と紙の出版物のシナジーによる書店活性化事業 【調査報告書】」、2012 年2 月29 日、一般社団法人 日本出版インフラセンター

(4) 「「リアル書店における電子書籍販売実証事業」の実施について」、2014年6月9日、一般社団法人 日本出版インフラセンター

(5) 「リアル書店での電子書籍販売(BooCa)実証事業の結果並びに今後の展開について」、2015年2月27日、一般社団法人 日本出版インフラセンター

(6) 「リアル書店での電子書籍販売実証事業 BooCa [調査報告書]」、2015年3月2日、一般社団法人 日本出版インフラセンター