2010年1月29日金曜日

「これでいいのか、次世代スーパーコンピュータ?」のご紹介

「OHM」2010年1月号に掲載された上記の記事が、小生が運営するウェブサイトに再録されました。

[概要] 「次世代スーパーコンピュータ」は「事業仕分け」で計画を見直すことになったが、この計画の本質的な問題は何か? 第1に、技術的に世界の潮流からはずれていること、第2に、世界一を目指すには目標性能が低すぎることだ。―――>全文を読む

なお、本稿執筆後の状況について本ブログに下記の記事があります。一部内容が重複しますが、合わせてお読み頂ければ幸いです。

「『議論の仕分け』が必要な『次世代スーパーコンピュータ』」 (2009/12/5)

「『次世代スーパーコンピュータ』の予算は復活したが・・・」 (2009/12/20)

2010年1月26日火曜日

電子書籍に備えて出版社が大同団結!

出版社21社が団結!

1月13日の朝日新聞によると、日本の大手出版社21社が「日本電子書籍出版社協会」(仮称)という組織を2月に発足させるという。米国でアマゾンの電子書籍用端末「キンドル」が人気を博しているので、その日本語版が日本に上陸する事態に備えて、電子書籍に関連する権利を確保しておくのが目的だという。黒船が来航する前にお台場を築いておこうということのようだ。また本協会は、電子書籍のデータ・フォーマットに関する規格の制定や著作者との契約のモデル作りなども進めるという。

本協会は今後の電子書籍に対してどういう意味を持つのだろうか?

出版社の危機意識は?

同紙によれば、大手出版社幹部が、「アマゾンが著作者に直接交渉して電子書籍市場の出版権を得れば、その作品を最初に本として刊行した出版社は何もできない」と言っているという。

その背景には日本の著作権法がある。日本の著作権法上の「出版」は、印刷物などの物理媒体としての複製に限られ、データとして配信すること、つまり電子書籍として出版することは含まないと解釈されている。そのため、たとえ著作者が出版社に「出版権」を与えても、出版社はそれだけでは電子書籍として出版できず、また、著作者はその著作物を自由に他の業者を通じて電子書籍として出版できる。

出版物に対する出版社の編集者の関与の度合いは、日本語表記をその出版社の標準的表記法に合わせる程度から、ゴーストライターに近いものまで千差万別だが、程度の差はあっても、最終的な出版物は著作者と編集者の共同の成果物だ。

したがって、編集者による編集作業を経た著作物を、著作者が勝手に他の業者を通じて電子出版し、元の出版社は何の分け前にも預かれなければ、元の出版社はたまったものではない。そのため、上記のような出版社の危機感にも一理ある。

電子書籍のメリットは?

ウェブの出現によって、個人が容易に自分の著作物をウェブ上で出版できるようになった。取りとめのない個人の日記の類から、読みごたえのある文学作品や評論までさまざまだが、個人の著作物が多数ウェブで公開されている。

このように、ウェブで公開すること自体は比較的容易だが、それをウェブ上の流通機構に乗せて有料で販売するには、それなりの仕組みが必要だ。そのため、ウェブ上の「自費出版社」のようなものが過去にも多数あった。

最近では、例えばアマゾンは、「ディジタル・テキスト・プラットフォーム」という、電子書籍を自費出版する仕組みを用意している。これを使えば、HTMLなどのフォーマットで自分の著作物をインターネットでアマゾンに送れば、電子書籍としてアマゾンの販売ルートに乗せてくれる。販売価格は著作者が自由に決めることができ、売れると、その35% (下記[追記]参照)を著作者が受け取り、残りの65%をアマゾンが取る。著作者の取り分は、出版社が発行する書籍の場合より遙かに多い。

そして、電子書籍の場合は、紙、印刷、製本、運送、倉庫の費用や金利負担などが不要なので、その分販売価格を安くできる。

このように、著作者にとっては印刷物の本より高い収入を得られ、読者にとっては本が安く手に入るのが電子書籍のメリットだ。したがって、これらのメリットを生かし、かつ出版社の正当な権利も保証する方法を確立する必要がある。

出版社にも分け前を!

まず、著作権法で電子書籍の扱いを明確にする必要がある。その上で、個々の出版権の設定の契約に当たって、著作者と出版社の間で電子書籍の出版の扱いを具体的に取り決めることになるだろう。

その際、前記のように、最終的な著作物は著作者と編集者の共同の成果物なので、出版社にも編集者の貢献度に応じた権利が認められるべきだ。また、出版社は、著作物のディジタル・データを所有していることが多く、電子書籍としての刊行にはそのディジタル・データを使うのが合理的なので、ディジタル・データについても出版社の権利が認められるべきだ。

出版権の契約に当たっては、電子書籍について出版社がこれらの正当な権利に対する対価を得ることを認め、電子書籍のロイヤルティを著作者と出版社の間で適正に按分する方法を取り決めておくべきだ。今回設立される組織がこういった契約方法のモデル作りを進めるなら、非常に有意義なことだと思う。

電子書籍の許諾権は著作者に!

朝日新聞の記事に、「電子書籍は、21社がそれぞれの著作者から許諾を取ったうえで、販売業者のサイト(ネット書店)にデジタルデータとして売る」という記述がある。つまり、出版社が電子書籍化の権利を全面的に確保するというのだ。これが今回の組織の関係者の意見なのか、記者の憶測なのかはっきりしないが、もしこのようになると電子書籍の市場は全面的に従来の出版社に押さえられてしまう。

そうなれば、著作者と電子書籍の販売業者の間で出版社による中間搾取が行われ、電子書籍のメリットである、著作者の取り分の増大、本の価格の低減が失われてしまう恐れがある。これは、電子書籍の市場の健全な発展を妨げることになる。

そのため、出版物の電子書籍としての二次利用の許諾権はあくまで原著作者が持つようにすべきだと思う。出版社が二次利用に際して応分の対価を受け取るのはよいが、出版社に二次利用を許諾したり、あるいは拒否したりする権利を持たせるべきではない。

著作権者は、必要があれば組織を結成して、こういう動きに対抗する必要があるのではないだろうか?

[追記] (2010/1/31) 2010年1月20日にアマゾンは著作者(及び出版社)の取り分を、一定の条件の下に70%に引き上げると発表した。これは電子書籍も扱えるアップルの新携帯端末(1月27日に"iPad"として発表された)に対抗するためと報道された。

2010年1月18日月曜日

ソフトバンクがウィルコムを獲得!?

ウィルコムにソフトバンクが出資?

PHSの通信事業者であるウィルコムの経営が苦境に陥っていることは、昨年11月12日の本ブログ「PHSはどうなる?」に記した。1月15日の日経新聞によれば、このウィルコムが日本航空と同様、企業再生支援機構を利用する方向で最終調整に入ったという。

同紙によれば、本機構の他、ソフトバンクと投資ファンドのアドバンテッジパートナーズが出資を検討中という。そして、ウィルコムの現在の出資者はカーライル・グループが60%、京セラが30%、KDDIが10%だが、報道によれば100%減資の方向だという。そうなれば、今後の通信事業の実質的な推進役はソフトバンクだけになる。

ソフトバンクは即日、本記事は報道機関の憶測に基づくもので、同社による発表ではないと表明した。そのため、本記事の信憑性は不明だが、仮に本当だとすると、これはソフトバンクにとってどういう意味があるのだろうか? 大きなメリットを二つ挙げよう。

加入者数が2割増!

電気通信事業者協会の統計によると、昨年12月末の加入者は、NTTドコモが5,540万人、KDDIが3,140万人、ソフトバンクが2,170万人である。同じ土俵で戦っていくには、少なくともトップの半分以上の加入者が欲しいところだが、現在ソフトバンクの加入者はドコモの加入者の4割にも満たない。これでは平等な競争は厳しい。

もしソフトバンクがウィルコムの加入者の430万人を獲得すると合計2,600万人になり、まだドコモの半分には手が届かないが、今後のシェア向上の大きな足がかりになる。

2.5GHz帯の免許を獲得!

日本では2007年に、総務省による2.5GHz帯の電波の免許の交付があり、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクのそれぞれが関係する3グループとウィルコムの4事業者が申請した。同年12月にその選定結果が発表され、KDDIのグループとウィルコムが免許を取得し、ドコモとソフトバンクのグループは選に漏れた。

この選定の問題については「OHM」2008年3月号の「ガラパゴス脱出なるか?・・・次世代PHS」に記したが、総務省が次世代PHSを担いだウィルコムを選定したことの妥当性には疑問があった。

ところが今回の出資によってソフトバンクは、2007年に獲得できなかった2.5GHz帯の免許を実質的に獲得することになる。これは今後高速サービスを拡大する上で非常にメリットになる。

次世代PHSをどうする?

ウィルコムの総資産は約2,000億円、有利子負債は約1,300億円である。そして現再建計画では100%減資を検討中といわれ、また、銀行からの借入金935億円に対する債権の一部放棄を銀行団と調整中だといわれる。したがって、今回の出資者には、上記のようなメリットとともに、700億円を超える資産がまるまる手に入ることになる。ここまでは非常においしい話だ。

問題は現在のPHSの加入者を引きつぐ新しい通信システムの構築費用だ。しかし、ウィルコムが進めつつあった次世代PHSの事業見通しが確かならカーライル・グループ他、出資者はいくらでもいたはずだ。ウィルコムが現時点で財務的に破綻したわけでもないのに事業再生ADRや企業再生支援機構に頼ることになったのは、この次世代PHSの将来性を信じる人がいなくなったためと思われる。

こういう新技術は、何が何でも自主技術だという狂信的信者集団がいてはじめてものになる。ウィルコムの現役員の大半は退陣するというので、もはやこの次世代PHSプロジェクトの続行は困難になるのではなかろうか? ではソフトバンクはどうするつもりだろうか?

ソフトバンクは現在第3世代のHSDPAのサービスを提供中で、2011年にDC-HSDPA(最大42Mbps)のサービス提供を経て、その後、時期は未定だが、第4世代のLTEに移行の予定だという。同社は、これらとは別に、2007年の2.5GHz帯に対する申請ではWiMAXを提案した。

しかし、当時から3年経ち通信の市場環境も変わった。昨年末にはスウェーデンのストックホルムやノルウェイのオスロでLTEの公衆サービスが始まった。そして今年の12月にはNTTドコモがLTEのサービスを開始する予定である。2011年には世界中の多くの通信事業者がLTEを採用することになりそうだ。

そして、筆者が「OHM」2008年8月号の「WiMAXとLTEが合流?」に記したように、将来はWiMAXがLTEに合流する可能性もある。

このような状況から、ソフトバンクは次世代PHSの事業計画をLTEに切り替え、現在のPHSの加入者を順次HSDPA、DC-HSDPA、LTEで取り込んでいくことも考えられる。

もしそうなれば、ウィルコムに交付された2.5GHzの帯域が生かされ、かつ、PHSの加入者が路頭に迷うこともない。PHSの生みの親である総務省としては、次世代PHSはうまくいかなくても最悪の事態は免れることができ、まずはやれやれということになるのではなかろうか?

2010年1月6日水曜日

Androidがスマートフォンの市場を席巻!?

スマートフォンのシェアの推移は?

携帯電話の市場が伸び悩んでいる中で、勢いがいいのはスマートフォンだ。そして、そのスマートフォンの市場は、昨年11月の本ブログ「『いつか来た道』のその後」にも記したように、少数のOSによって寡占されている。

Canalysの統計によると、2009年第3四半期のOS別の台数シェアは、Symbianが46%、BlackBerryが21%、iPhoneが18%、Windows Mobileが8.8%、Androidが3.5%だという。これら5 OSで97%強を占め、その他は3%弱に過ぎない。(1)

では、これらのOSのシェアは今後どうなるのだろうか? まず、最近の推移を見てみよう。

現状ではSymbianが圧倒的なシェアを占めている。しかし、上記統計によると、2年前の2007年第3四半期のSymbianのシェアは68%で、Symbianはこの2年間にシェアを22ポイント落とした。

では、この間にSymbianの市場を奪ったのはどこか? 最もシェアを伸ばしたのはiPhoneで、この2年間にシェアを3%から18%へと15ポイント増やした。そして1年前にAndroidが戦列に加わり、この1年で3.5%のシェアを獲得した。このAndroidのシェアが今後どうなるかが、当面の注目の的だ。そこで、Android陣営の状況を見てみよう。

Android陣営に続々と参入

Androidは 2007年11月にグーグルによって発表され、2008年9月には、そのアプリケーション・ソフトの開発ツールがリリースされた。同年10月にはAndroid Marketという、Androidのアプリケーション・ソフトの流通市場もオープンした。

Androidのスマートフォンのトップバッターは台湾のHTCによるDreamで、2008年10月から順次世界各国で発売された。そして、日本でも、その後継機のNTTドコモ版であるHT-03Aが2009年7月に発売された。

2009年には、6月にサムスンがI7500を発売し、10月から12月にかけて、モトローラ、LG、デル、エイサーが発売した。また、ソニー・エリクソン、シャープ、NEC、パナソニックなども製品を発表したり、検討中と表明したりしている。

これらのメーカーの中には、デルのようにAndroidではじめてスマートフォンの市場に参入するところもあり、また、モトローラやエイサーのように、Windows Mobileのスマートフォンを止めてAndroidに切り替えるところもある。

携帯電話機の大メーカーでAndroidの採用を表明してないのは、スマートフォン用OSであるSymbianを自社で持っているノキアだけだ。ノキアも、2009年6月にイギリスのガーディアン紙によって、業界筋の情報によればAndroidのスマートフォンを開発中と報じられた。ノキアは直ちにこれを否定したが、経営の選択肢の一つとしてAndroidの採用を検討している可能性は十分考えられる。

では、なぜこのように多くのメーカーがAndroidを使ったスマートフォンの市場への参入を図っているのだろうか?

なぜAndroidか?

まず、iPhone OSは「クローズド」で、それを使うハードウェアはアップルしか作れない。一方、Androidは「オープン」で、誰でもハードウェアを開発・販売できる。

クローズドな世界だとハードウェアの種類が限られるのに対して、オープンな世界ではユーザーの多種多様なニーズに対応した製品が出現し、それがシェアの拡大につながる。そして、それがまた新企業の参入を促し、シェアの拡大再生産が実現する。これはパソコンの世界でのクローズドなMac OSとオープンなWindowsでも同じだった。技術的にはMac OSの方が先行していて、優れている点が多かったが、ビジネス上Windowsに勝てなかったのはこのためだ。

Androidを採用するスマートフォンには、4インチの大型ディスプレイを特長とするもの、8メガピクセル以上のカメラを持つもの、11mm台の薄さを誇っているもの、GSM系の回線で使えるもの、CDMA系の回線で使えるものなどある。非常にバラエティに富んでいて、ユーザーの選択肢が多い。アップル1社によるiPhoneはとても太刀打ちできない。

ハードウェアとの関係がオープンなのはWindows Mobileなども同じだ。しかし、AndroidはWindows Mobileなどと違い、OSがオープンソースで、ユーザーが自由に変更できる。そのため、例えば特定の業種や業務向けのスマートフォンを作ることもでき、また、また特定の大企業向けに仕立てることもできる。そのため、アプリケーション・インターフェースが限定されているWindows Mobileなどよりビジネス向けには適している。

また、スマートフォン用プラットフォームとして重要な仕掛けに、アプリケーション・ソフトの流通機構がある。iPhone用のiPhone Storeは2008年7月に開店し、Android用のAndroid Marketは2008年10月にオープンした。すでに、10万のiPhone用アプリケーション、2万のAndroid用アプリケーションがこれらの市場で流通している。質が悪いものが数だけ多くても意味がないが、中国がオリンピックで強いのは、やはり13億人の人口が選手層を下から支えているからだろう。

一方、Windows Mobile用の流通機構であるWindows Marketplace for Mobileが開店したのは2009年10月だ。マイクロソフトはこの点で1年以上遅れた。

そしてWindows Mobileは、次世代のスマートフォンの操作の基本になると思われるマルチタッチ・スクリーンをまだサポートしてない。また、スマートフォンのメーカーにとっては、Androidが無料であることももちろん重要な点だ。

これらの理由から、各社がAndroidへと走っているのだろう。では、Androidに問題はないのだろうか?

Androidの問題は?

一つの問題は、オープンソースで自由に改変できるために、相互に通用しない「方言」を含んだAndroidが多数できる恐れがあることだ。特定の業種や業務向けに変更できる強み、スマートフォンのメーカーが自社の特長を発揮するために変更できる強みが、逆に弱みにもなり得る。必要な「方言」は結構だが、「標準語」を使うべき分野にまで侵食し、お互いに話ができなくなったらどうしようもない。方言の適用範囲を機器メーカーが自主的に厳しく規制する必要がある。これはWindowsなどのプロプライエタリなOSにはない問題だ。

もう一つの問題は、Androidに限らず、グーグルのOSが何ごともウェブで処理しようという、今風に言えばクラウド指向のOSだということだ。コンピュータのデータ処理がすべてウェブになるわけではない。スマートフォンでのデータ処理は大半がウェブでも片付くかもしれないが、やはりローカルに処理をした方が合理的なものもあるのではなかろうか?

このようにAndroidにも問題があるが、現在のところAndroidが最も有利なポジションにあると思われる。ただ、OSの世界の勝敗が理屈通りにならないことはパソコンの歴史が示しているので、今後の見通しは予断を許さない。

(1) “Canalys Q3 2009: IPhone, RIM taking over smartphone market”, AppleInsider, November 3, 2009