政府の懇談会が「中間フォーマット」を提唱
この3月から総務省が中心になって、文部科学省、経済産業省と3省合同で、「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」という会議を開催してきた。その目的は、「デジタル・ネットワーク社会に対応して広く国民が出版物にアクセスできる環境を整備すること」だというが、端的に言えば、「昨年来米国で急速に立ち上がりつつある電子書籍の市場に日本はどう対処すべきか」という問題だと思う。
この懇談会が6月28日に「報告」を公表した。(1)
その中に、電子書籍の「中間フォーマット」の策定を推進するという項目がある。現在日本には「XMDF」(シャープ)、「ドットブック」(ボイジャー)という、フォーマットが異なる電子書籍があるので、統一された中間フォーマットを制定することによって、出版社が複数の配信用フォーマットに対応するのを容易にしようというのだ。
しかし、この計画にはどれだけ意味があるのだろうか?
真に必要なのは配信用フォーマットの統一
現在米国では、アマゾン、ソニー、バーンズ・アンド・ノーブル(B&N)、アップルの電子書籍は、それぞれフォーマットまたはDRM(ディジタル著作権管理)が異なるため、一部を除き、それぞれ専用の電子書籍端末またはリーダー・ソフトを使わないと読めない。日本でもシャープとボイジャーのフォーマットが違うのは上記の通りだ。
したがって、電子書籍端末を買う人は、それで将来どれだけ本が読めるのか心配になる。また、電子書籍を買う人は、将来もそれを読む端末が入手できるのか心配だ。現に日本では過去に、松下電器とソニーが電子書籍から撤退した。
VHSとベータマックスが熾烈な戦いを繰り広げていた時代に、ベータマックスのビデオテープ・デッキやビデオ・ソフトを買った人のような羽目にならないか心配するのは至極当然なことだ。
これが、「『Eブック』が離陸しないのはなぜか?」にも記したように、従来電子書籍が本格的に普及しなかった最大の原因である。(2) 米国でも、現在のように規格がばらばらな状態では普及に限界があると考えている。したがって、最大の問題はDRMを含む配信用フォーマットの統一であって、これはいくら立派な中間フォーマットを策定しても解決しない。
現在はEPUBが優勢
現在、ソニー、B&N、アップルの電子書籍に互換性がないのはDRMが違うからで、フォーマット自身はEPUBで共通である。そして、2009年8月、グーグルは今後100万冊以上の著作権が切れた書籍を順次EPUBで公開すると発表した。現在同社のGoogle Booksで、EPUBで読める本は、ディッケンズの小説やシェークスピアの戯曲の一部などまだごくわずかだが、今後増えていくものと思われる。
EPUBの特長は?
EPUBの特長としては、まず、ウェブとの親和性が高いことがある。EPUBの仕様の元になっているのはウェブページの記述言語XHTMLやウェブページのフォーマットを記述するCSSだからだ。そのため、将来ともウェブとの高い親和性が維持される可能性が大きい。
新聞・雑誌などでは、電子書籍として出版されるとともに、ウェブページとしても配信されることが多いので、この親和性はきわめて重要である。
もう一つの特長はEPUBがリフロー型で、画面のサイズに応じて1行の文字数を変えられることだ。この点が紙の1ページをそのまま1画面にするPDFとは基本的に違う。今後電子書籍を読む端末が、小画面の携帯電話から大画面のパソコンまで各種出揃うので、この点も重要である。
そして、EPUBは電子書籍の配信用に限らず、一般企業内での文書の交換や、作家や一般企業から出版社への原稿の送付にも使われることを想定している。もしこういうことが一般化すれば、別の「中間ファイル」は不要になる。
EPUBの限界は?
では、EPUBでは対応できない出版物はないのだろうか? マンガなど、1ページのレイアウトが決まっているものの電子化には向かない。また、数学の論文など、微積分などの特殊な記号が頻発する文書の電子化も困難だ。これらの文書の配信には現在のEPUBの拡張または別の規格の制定が必要である。これは中間フォーマットの制定で解決する問題ではない。
EPUBの日本語対応は?
現在のEPUBは縦書き等の日本語固有の表記ができない。そのため、今年4月、日本電子出版協会(JEPA)が日本語固有の表記を取り込む仕様案をまとめて、EPUBの規格の管理元である米国の団体のIDPF (International Digital Publishing Forum)に提案した。(3) そして、IDPFはその提案を次期EPUBの検討課題の一つとして挙げている。(4)
その仕様案には、縦書き、禁則処理(行頭や行末の記号についての制約)、ルビなどが含まれている。
これら日本語固有の表記のEPUBへの取り込みはもちろん望ましいことだが、これが実現しないと日本語の文書にEPUBを使えないというわけではない。日本の書籍でも、理工学関係や実用書以外にも横書きのものが増えつつあり、小説や古典も横書きで読めないことはない。それが証拠に、中国や韓国は日本と同じようにもともと縦書きだったが、現在ではほとんどの書籍が横書きになっている。要するに慣れの問題だ。
ルビは必要なら漢字の後にひらがなを括弧付きで表記すればよい。
禁則処理は、あるに越したことはないが、不自然さを少々我慢すれば済む。
現在のEPUBにはこれらの機能がない。しかし、日本語の文書のサンプルを現在のソフトでEPUBに変換したファイルを、現在米国で使われているEPUBのリーダー・ソフトで読めば実用上は十分読める。
ボイジャーの執行役員の小池利明氏は、「将来、EPUBが真の意味で、多言語対応した世界標準の電子書籍フォーマットとなるかどうか? その可能性は高いだろうと思われます。」、「将来、EPUBが真の世界標準になった時は、すみやかに.bookをEUBへ移行させることは十分視野に入っていることです。」と書いている。(5)
国際的な市場動向とユーザー・ニーズの重視が必要
今回の懇談会の「報告」も、一方では、「(EPUBは)グーグル、ソニー、アップル等のグローバル企業が採用し、EPUBを閲覧フォーマットとする電子出版の提供が世界的に拡大する傾向にある」と言っている。「中間フォーマット」の提唱に当たっても、この現状認識を十分に踏まえてもらいたい。
また、本「報告」は、ファイル・フォーマット統一の必要性について、出版物の「つくり手」の生産性の向上を強調していて、ユーザーから見たファイル・フォーマット統一の必要性についてはまったく触れていない。しかし、全体から見れば、後者の方がはるかに重要である。「つくり手」の生産性はこの後者の問題が解決した上での話だ。
懇談会のメンバーが「つくり手」中心なのでこうなったのだろうが、ユーザーの視点からの問題の捉え方が不足している。
(1) 「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会 報告」、2010年6月28日、総務省
(2) 「『Eブック』が離陸しないのはなぜか?」、OHM、2009年3月号、オーム社
(3) “Minimal Requirements on EPUB for Japanese Text Layout”, 2010/04/01, Japan Electronic Publishing Association (JEPA)
(4) “EPUB 2.1 Working Group Charter – Draft 0.10”, 2010/04/27, IDPF
(5) 「ePUB 世界の標準と日本語の調和」、マガジン航、2010年7月4日、ボイジャー
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