2015年5月15日金曜日

商品用無線タグの長~い道のり


ファーストリテイリングが無線のICタグを採用

2015年5月5日の日本経済新聞によると、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが、今夏をめどに全店舗で無線のICタグを導入するという。これによって、買い物かごの全商品の合計額が瞬時に分かるため、レジでの清算時間が大幅に短縮されるということだ。

また、これを利用して、試着はしたが買わなかった商品なども分かるため、消費者の行動を従来より詳しく捉えることができ、マーケティングに反映できるという。

こういう小売業界での無線タグの活用は、実は今から16年前の1999年に米国で検討が始まったものだ。それ以来、関係企業による悪戦苦闘が続いていたが、紆余曲折を経て、やっと日本でも日の目を見ようとしている。

この機会に、今までの経緯を振り返ってみよう。
  
ウォルマートの壮大な計画が挫折

1999年に、マサチューセッツ工科大学に「オートIDセンター」が設立されて、無線タグを商品に適用する技術の検討が始まった。これは、2003年に「EPC (Electronic Product Code)グローバル」という新組織に引き継がれた(1)。

小売業ではウォルマートがオートIDセンターの時代から参画し、最も力を入れてきた。同社は2003年に、2005年1月から一部の納入業者に、商品に無線タグを付けることを義務付け、2005年6月からは全納入業者にそれを義務付けると発表した(1)。

しかし、当初から個別の商品に無線タグを付けるのは負担が大きすぎるため、まずパレット(商品を載せて運搬する台)やケースに付けることにした。

そして、最終的には無線タグを製造現場から流通網を経て購入者まで取り付けておくことを考えていた。一つの商品の揺り籠から墓場までを無線タグで管理しようというのだ。こうすることによって、製造工程上の問題の究明、流通過程での盗難の防止、アフターサービスの質の向上など、納入業者や顧客も恩恵を被るので、それぞれ応分の費用負担をするのが妥当だと考えた。

しかし、この考えは納入業者になかなか受け入れてもらえず、無線タグの添付は思うように進まなかった。そのためウォルマートは2007年に戦略を変更した(2)。

サムズ・クラブで再挑戦

ウォルマートには「サムズ・クラブ(Sam's Club)」という会員制の倉庫型店舗がある。倉庫のような店舗に梱包したままの商品が並べてある。商品のバラ売りはしないため、販売単位が大きい。

販売単位ごとに無線タグを付けないと、レジの合理化などで効果を上げることが難しい。一般の店舗ではその早期実現は困難だが、販売単位が大きいサムズ・クラブなら納入業者の協力も得やすいだろうと考えた(2)。

そこで、2008年1月から一部の流通センターに納めるパレットについてこれを義務付け、順次対象を拡大して、2010年10月にはサムズ・クラブの全商品について販売単位ごとにタグを付けることを目標にした(2)。

そして、納入業者がタグを付けない時はサムズ・クラブが取り付けるが、その時は、当初2ドル、2009年からは3ドルのペナルティを課すことにした。

このペナルティは、その後12セントに引き下げられた(3)。その後の情報がないため、実態がよく分からないが、ペナルティの大幅引き下げなど、この計画も目論見通りにはいかなかったようだ。

衣料品に絞って挑戦

無線タグの計画が思惑通りに進まなかった原因は何だろうか?

まず第1に、最終的には個別商品に無線タグを付けることによって、従来のバーコードに替ってレジでの清算に使える必要がある。しかし、低単価の商品にすべて無線タグを付けるのは難しいので、まずパレットやケースに付けることから始めた。その結果レジでの清算には使えず、効果が半減した。

そして第2に、無線タグの大きい効果として、店頭での品切れ防止による販売高の増加が期待されたが、そのためにも個別の商品に無線タグを付けることが必須だった。

特に、色、サイズ、デザインなどの種類が多く、他の方法では品切れ防止が困難な衣料品について効果が期待された。また、衣料品はそれなりの値段なので、価格的にも無線タグの添付に耐えられると思われた。

そのため、従来の計画を見直し、衣料品類に絞って個別の商品に無線タグを付ける試みが多くの小売店で実施された。

米国の衣料品などのデパートのディラーズ(Dillard's)は、2007年にジーンズなどの個別商品に無線タグを付けるテストを開始した(4)。

また、同様な業種のブルーミングデールズ(Bloomingdale's)も、2008年に一部の商品に無線タグを付ける試験を始めた(5)。

そして、ウォルマートも2010年にジーンズや下着類の個別商品に無線タグを付け始めた(6)。

ウォルマートの教訓 

こうして約15年前に始まった壮大な計画は、対象商品と目的を絞って、やっと軌道に乗り始めた。そして今回、ファーストリテイリングがこれら各社に続くという。

この世界の道なき道を開拓してきたのはウォルマートで、その功績は評価したい。しかし、その進め方には反省点もあるようだ。

第1に、初めから大風呂敷を広げすぎたようだ。何事にも、"Think Big, Start Small"が重要である。日本語で言えば、「着眼大局、着手小局」だ。

第2に、納入業者(サプライヤー)に負担を強要しすぎたようだ。日常の商売での力関係を過信しすぎたと思われる。

[関連記事]

(1) 酒井 寿紀、「バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向」、Computer & Network LAN、20041月号、オーム社

(2) 酒井 寿紀、「ウォルマートが戦略を変更 ~商品用ICタグのその後」、OHM、2008年10月号、オーム社

(3) "Sam's Club Reduces Tagging Fee", Jan 19, 2009, RFID Journal

(4) "Dillard's Gears Up for Item-Level Pilot", Aug 22, 2007, RFID Journal

(5) "Bloomingdale's Tests Item-Level RFID", Aug 26, 2009, RFID Journal

(6) "Wal-Mart Relaunches EPC RFID Effort, Starting With Men's Jeans and Basics", Jul 23, 2010, RFID Journal
 

2015年5月9日土曜日

任天堂とDeNAの提携が意味するもの


任天堂とDeNAが提携

2015年3月17日に、任天堂とDeNAが業務・資本の提携を発表した。任天堂が所有するゲームの知的財産(IP)を、DeNAが持っているネットワーク・インフラの技術を使ってスマートフォンなどに配信する新事業を共同で始めるという。

その配信先には、スマートフォンのほか、タブレット、パソコンが含まれ、これらを総称してスマートデバイスと呼んでいる。これにはゲーム専用機は含まれない。

この共同事業の成果は、両社の貢献度に応じて按分されるという。両社は、主としてIPとネットワークインフラというまったく性格の異なるもので貢献するので、売上の按分は相当難しそうだ。

本提携に伴い、両社は、それぞれ所有する自社株の約220億円相当を相手に渡すという。その結果、任天堂はDeNAの株式の10%を所有し、DeNAは任天堂の株式の1.24%を所有することになるということだ。

果たしてゲーム専用機は生き残れるか?

今回の業務提携の内容は大きく二つに分かれる。その第1は、任天堂が持っているIPを活用して、スマートデバイスにゲームを配信するものだ。

但し、任天堂がゲーム専用機用に開発したゲームアプリを、単にそのままスマートデバイス用に移植することはしないという。あくまで、従来のIPを「活用」したアプリを新規に開発して、スマートデバイスに配信するということだ。

任天堂は、スマートデバイスにも配信することで、ゲーム専用機の売り上げが減少することを非常に恐れている。ゲーム専用機のビジネスを任天堂の「本業」として死守しつつ、本提携で、その上にスマートデバイスでの売り上げを積み上げようという考えだ。

そのため、今回の発表が、任天堂はゲーム専用機の市場から力を抜くのではないかという印象を与えることを非常に警戒している。それを防ぐため、来年「NX」という新しいゲーム専用機を発表すると予告した。

しかし、このNXの予告だけでゲーム専用機に対するダメージを軽減できるかどうかは疑問である。ゲームの中には、碁、将棋、カードゲーム、パズルなど、必ずしもゲーム専用機を必要としないものも多いからだ。現に、電車の中でスマートフォンで遊んでいる人が軒並みいる。

そして、現在でも、スマートフォンの画面をHDMIケーブルでテレビの大画面につなぐことができるが、近年中にこれが無線でつながるようになるだろう。そうなれば、据置型ゲーム機の一部もスマートフォンやタブレットで置き換えられるようになると思われる。

マルチプラットフォームに挑戦

上記の第1の提携内容だけで、任天堂が現在持っているIPを生かし、スマートデバイス上でも新規に顧客を獲得できれば、任天堂にとっては一番ハッピーかもしれな。しかし、これはそう簡単にはいかないことを同社も承知しているようだ。

そのため今回の提携の第2の内容は、スマートデバイスとゲーム専用機をすべて対象とする新サービスを2015年秋に開始することを目指すという。新サービスはこれらの多様なデバイスの「架け橋」の役目を果たし、これら複数のデバイスを統合した新しい一つのプラットフォーム上で新しいソフトを提供するという。

このプラットフォームには、スマートフォン、タブレット、パソコンなどのスマートデバイスと、携帯型ゲーム機、据置型ゲーム機、新ゲーム専用機NXがすべて含まれるという。個々のデバイス上のソフトがどこまで一本化されるのか不明だが、少なくともユーザーに対しては「一体型サービス」として提供されるということだ。

これは、ゲーム専用機とスマートデバイスを切り離して扱う第1の提携内容と矛盾するものだ。今後任天堂は両者をどう並立させていくのだろうか?

ITの多くの分野で、個々のハードごとに個別に開発されたソフトが、市場が成熟するとマルチプラットフォーム対応に変化してきた。スマートデバイスの出現で、今後は任天堂に限らず、ゲームソフトのマルチプラットフォーム化が進むものと思われる。ソフトがマルチプラットフォームになるということは、ソフトとハードの市場が分離することにもつながる。 

そして、ITの各分野で、ソフトとハードの市場の分離はアーキテクチャの事実上の標準の確立へと進んでいった。ゲームの市場には他の市場と異なる点もあるが、今後事実上の標準の確立への圧力が増すものと思われる。

「スマートフォンありき」を前提に戦略策定要!

 1983年に任天堂がファミリーコンピュータを発売したときは、ほとんどの家庭にテレビ受像機があった。任天堂は、この「テレビありき」を前提にゲーム機を開発・発売して大成功を収めた。

一方、2007年にアップルがiPhoneを発売して以来、スマートフォンが急速に普及し、今では中高生もみんな電車の中でスマートフォンのゲームに熱中している。今や「スマートフォンありき」の時代になったのだ。

そして、スマートフォンはタブレットやパソコンと共通のアプリの世界を構成し、もはやゲームもこのスマートデバイス群の一大世界を無視しては前へ進めない。これはゲームに限らず、デジカメ、電子辞書、電子書籍リーダなどの市場でも同じである。

では、ゲーム専用機は不要になるのだろうか?

そんなことはない。加速度センサを備えたコントローラやWiiのバランスボードのようなもの、マイクロソフトのKinectのようなジェスチャー認識機能などは、現在のスマートデバイスだけでは実現できない。

したがって、これらのセンサ機能とスマートデバイスを組み合わせて、いかに安く、面白い遊び方を提供するか、そして、そこからどういう方法で対価を受け取るようにするかが、今後のゲーム各社の大きな課題であろう。

任天堂は、2008年度のピーク時には、売上が1.8兆円以上、営業利益が5,500億円以上あった。しかし、2014年度には、売上が約5,500億円と1/3以下に減り、営業利益は4年ぶりにやっと黒字なったところだ。

市場環境がまったく変わってしまったため、従来の延長線上に解を求めようとしても、もはや昔日の栄光を取り戻すことは難しいだろう。「スマートフォンありき」の新市場環境の下で、どうビジネスを展開すべきかを考える必要がある。

そういう意味で重要なのは、第2の提携内容の今後の展開だ。今回は具体的な内容の説明がなかったが、今後の発表が期待される。

[関連記事]

(1) 「任天堂株式会社と株式会社ディー・エヌ・エーの業務・資本提携合意のお知らせ」 、2015年3月17日、任天堂株式会社、株式会社 ディー・エヌ・エー