2009年12月5日土曜日

「議論の仕分け」が必要な「次世代スーパーコンピュータ」

「事業仕分け」に反論の大合唱

11月13日に、行政刷新会議の「事業仕分け」が、「次世代スーパーコンピュータ」の予算に対して「限りなく予算計上見送りに近い縮減」との判定を下した。これに対し、科学者の団体などから猛反発が相次いだ。主なものを挙げよう。

11月18日には「計算基礎科学コンソーシアム」という物理学の研究者の交流団体が緊急声明を出した。基礎科学の研究にスーパーコンピュータは不可欠であり、「次世代スーパーコンピュータ」はその要となるものなので、その開発の凍結は日本の国際競争力をそぐことになると主張している。

11月19日には、「総合科学技術会議」(議長:鳩山首相)の有識者議員8名が緊急提言を発表した。短期的な費用対効果のみを求める議論は、長期的視点から推進すべき科学技術にはなじまないという。

11月25日には、ノーベル賞受賞者ら5名が共同声明を発表した。優秀な人材を絶え間なく研究の世界に吸引することが、「科学技術創造立国」にとって不可欠であり、現在進行中の「事業仕分け」は若者を学術・科学技術の世界から遠ざけてしまうという。

そして11月26日には、ノーベル賞受賞者ら6名が首相官邸を訪れ、鳩山首相と会談した。資源の乏しい我が国にとっては、科学技術の脆弱化は国家の衰退を意味すると、今回の事業仕分けを厳しく批判し、鳩山首相はたじたじだったと報じられた。

議論の仕分けが必要だ!

どの主張も一応もっともに聞こえる。しかし、よく考えてみると、これらの主張は下記の四つの問題を「いっしょくた」にして論じている。

[問題1]科学技術の推進に政府としての注力が必要か否か?

[問題2]それが必要な場合、スーパーコンピュータは必要か否か?

[問題3]それが必要な場合、日本製であることが必要か否か?

[問題4]それが必要な場合、現計画は妥当か否か?

例えば、ノーベル賞受賞者の共同声明は[問題1]の科学技術の推進の必要性の背景を縷々述べ、だから今回の「事業仕分け」の結論には問題があるという。[問題2]~[問題4]については触れずに、いきなり[問題4]の結論に飛んでいる。事業仕分けの主要な論点は[問題1]ではなく[問題3]、[問題4]である。世界的科学者の割には余り論理的ではない。そして、総合科学技術会議の緊急提言は全文を読んでないが、これも同様の議論を展開しているようだ。

計算基礎科学コンソーシアムの緊急声明は、[問題2]のスーパーコンピュータの必要性を詳述した上で、いきなり、「次世代コンピュータ」はその要の位置にあるので、その迅速かつ着実な推進が重要だという。これも[問題3]、[問題4]には触れずに[問題4]の結論にジャンプする。

「次世代スーパーコンピュータ」を今回の事業仕分けの俎上に乗せた人や、これを実質的凍結とした仕分け人の頭にあったのは、[問題1]、[問題2]ではなく、[問題3]、[問題4]であろう。したがって、[問題3]、[問題4]に触れずに事業仕分けの結論が不当だと主張するのは、論点がずれている。

ではなぜ、[問題3]、[問題4]が問題なのだろうか?

スーパーコンピュータが日本製であることは必要か? ([問題3])

昔は、スーパーコンピュータと言えばユーザーの特注品が多かった。しかし現在はメーカーが商品として販売している、いわゆるカタログ製品が圧倒的に多い。毎年6月と11月に「TOP500」という、全世界のスーパーコンピュータの上位500システムの番付が発表される。今年11月に発表された上位30システムについて見ると、中国の大学が開発した1機種を除き、あとはすべてメーカーのカタログ製品かカタログ製品を組み合わせてまとめたものだ。つまり、ほとんどがパソコンやサーバーと同じように市販されているIT製品なのだ。

そして、同じく上位30システムについて見ると、中国、ロシア、フランスで開発された4システムを含めて、中核になるプロセッサのLSIはすべて米国のインテル、AMD、IBMの3社から購入したものなので、自国製に固執する意味はあまりない。

日本のIT産業の隆盛のためには、スーパーコンピュータについても、もちろん日本製のものがあることが望ましい。しかし、それは他のIT製品と同様、世界のスーパーコンピュータの市場で競合力のあるものでなければならない。もし赤字続きで経営の足を引っ張り続けるようなものなら、企業にとって事業を継続する意味はないし、政府がそれを支援し続けることは税金の無駄遣いになる。したがって、スーパーコンピュータを自力で開発し続けて世界中に販売し、全世界で事業継続に必要なシェアを獲得する覚悟を持ったメーカーが現れることが先決である。政府が何がしかの支援をするとすれば、まともな価格でできるだけ多くそのメーカーから購入することだ。

スーパーコンピュータのユーザーにとって重要なのは、高性能で安いスーパーコンピュータを入手することであって、それがどこの国で作られたものかは関係ない。我々が、場合によってはヒューレット・パッカードやデルのパソコンやサーバーを購入するのと同じことだ。

現在の「次世代スーパーコンピュータ」計画は妥当か? ([問題4])

現在、スーパーコンピュータの世界でも汎用のマイクロプロセッサを使ったものが主流になっている。前出のこの11月の統計では、上位500システム中の88%がインテルのX86系(AMDを含む)で、10%がIBMのPower系(Blue Gene、Roadrunnerを含む)であり、その他は2%に過ぎない。上位30システムに限れば、80%がX86系、20%がPower系で、その他は皆無だ。

ところが、「次世代コンピュータ」はSPARCというプロセッサを使う計画だ。SPARCはサン・マイクロシステムが開発したRISCで、2000年頃には上位500システム中100システム以上で使われていた。しかし、その後次第に減り、この11月の統計では富士通製の2システムだけだ。サン・マイクロシステムズのスーパーコンピュータは上位500システム中に11登場するが、すべてX86系でSPARC系は皆無だ。また、サン・マイクロシステムズはここ数年、スーパーコンピュータの市場も狙ってRockという16コアのSPARC系プロセッサを開発していたが、今年に入ってその開発を中止したといわれている。サン・マイクロシステムズは今年オラクルに買収されることになったので、SPARC系のスーパーコンピュータの市場に再参入する可能性は低いだろう。

したがって、SPARC系のスーパーコンピュータは全世界で富士通1社になる見通しだ。1社では、マルチコアのLSIを継続的に開発し、その開発費を負担できるだけのシェアを世界中で獲得するのは非常に厳しいと思われる。

シェアが少ないと、スーパーコンピュータのアプリケーション・プログラムのベンダーに敬遠されて、その品揃えに支障を来たす。また、スーパーコンピュータのアプリケーション・プログラムは、性能を限界まで引き出そうとするため、プロセッサの構成に依存したものになる。そのため、同類のプロセッサを使ったスーパーコンピュータのセンターが少ないと、他のサンターを使うときプログラムの書き換えが必要になる可能性が増え、ユーザーに敬遠される。これらの点も今後のSPARC系スーパーコンピュータのシェアの拡大を困難にする。

したがって、現時点では、今までのしがらみがないなら、SPARC系でなくX86系を採用するのが妥当であろう。しかし、もう矢は弦を放れてしまっている。現時点でどう判断すべきかは極めて悩ましい問題だ。

                ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

いずれにしても、問題点を少なくとも上記の四つにきちんと分けて議論しないと、議論が錯綜して混乱する。「事業仕分け」の前に「議論の仕分け」がまず必要である。

[追記] 「『次世代スーパーコンピュータ』の予算は復活したが・・・」 (09/12/20)もご参照下さい。

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